第21話 知らずにいたこと

「交感世界に入らないとマーガレットに会えない。君は名前を変えた方がいいね。サユリ、君は日本人。そうだよね?」

「へっ?」

 何を当たり前なことをと思ったが、よく考えて見ればケンジが日本人であることも自分の思い込みなのだ。

「サユリだと簡単に日本人だと分かってしまう。何か他にいい呼び名はないかい?」

「そんな。急に言われても…。ケンジ、あなたは日本人でしょう?」

 ケンジが答えるのに、少し間が空いた。

「いや… 違うよ」

「そんな…」


 思い込みだったとはいえ、この事実には驚いた。と、言うよりもショックだった。

「ごめん。驚かせてしまったね」

 しばらく言葉にならない。ケンジが言うように、自分は交感能力について何も知らないのだと思い知らされた。ケンジと会えれば良かった。

「驚かせてごめん。今日はこれでやめよう。落ち着いたら名前を考えて」

「いえ、わたしこそ謝らなくちゃ」

「君が謝るなんて、そんなことはないよ」

「ううん、違うの。わたしの本当の名前は、サユリじゃないのよ」

「え…」


 今度はケンジが言葉を失う。実は彼もまた、ゆりこのことを殆ど知らずにいた。

 二人の関係は最初から無理なことだったのかも。だが、好きという感情はどうしようもなかった。

 ケンジは次第に、笑いが込み上げてきた。

「ははは! そうなんだ。ははは。おあいこだね、サユリ」

「…ごめんね」


「それじゃあ、次は何時がいい?」

「いえ、今でもいいわ。ねえ、”アリス”っていうのはどうかしら」

 とっさの思いつきだが、子供の頃に読んだ本の主人公の名前を提案する。

「”アリス”か、ああ!。悪くないよ。ははは、なるほどね!。じゃあ僕はウサギってわけだ」

 ゆりこもフフフと笑う。二人で笑い合うのはいつの頃以来だろうか。

「サユリ、じゃないや、アリス…ちょっと照れ臭いな」

「わたしも。えへへ」

「君に頼みが。僕に抱きついてくれないと、交感世界に連れて行けないんだ」

「…」

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