第19話 両想いなんです

「失礼いたします」

 シートに座り大きなドアを閉めると同時に一礼するゆりこ。山村は真っ直ぐな視線で大きく息を吐きながらゆりこに尋ねた。

「君、どこまで行くのかな?」

「はい。近くの駅で結構です。よろしくお願いいたします」

「渡瀬、30分ほど流してくれないか」

「承知いたしました」

 やはり真っ直ぐな視線で腰の位置を直す山村。

「悪いが、次の会合に行かにゃならん。手短かに頼むよ」


「申し訳ございません。お察しとは思いますが、佳奈子のことです」

「うむ。私にどうしろと?」

「いえ、そんなことは申しません。ただ、理由が知りたいのです」

 失礼のないよう当然だが、終始こちらに顔を向けるゆりこにチラと目線を合わせ、山村は笑みを見せた。

「理由…?。そんなものはないさ。君だって、好きな彼氏がいるのだろう?」

「男と女、そう仰りたいのですね?」

「んん?。ははは。ストレートだね」

「ですが、社長には奥様がおられます」

「うむ…。そうだな」

 そう言うと山村はまた前を向き、何をする様子もなく黙り込む。ゆりこは何も口を出すまいと、他にも言いたいことをこらえた。


 数分後に山村の方から切り出す。

「なあ、え・・っと…」

「島田です」

「ああ、島田君。あの子は君とよく話すのか?」

「はい。学生の頃からの親友ですから」

「そうか」

 それをきっかけに、山村は視線を落とし始めた。

「あの子は、何も欲しがらん」

 ゆりこには、そのひと言の意味がすぐには掴めない。


「あの子がなぜ俺に近づいたのか、実は俺もよく分からんのだ」

「佳奈子が、あなたに近づいてきた?」

「今では俺の方がホレてるがね!」

 佳菜子から社長に近づき、不倫を承知で関係した!?。ゆりこはてっきり、美人の佳菜子を社長が誘ったと思い込んでいた。


「出来ることはしてやるつもりだ。何しろ、あの子のいい時間を俺が喰っちまってんだからな。なのに、何も欲しがらんのだ」

「佳奈子はそんな女性じゃありません!」

「そうだな。それどころか、やりがいをくれというのだ。働きたいと」

「それは… ノース薬剤の…」

「公言してはいかんぞ、いいな」

「はい。心得ております」

 山村は一度ゆりこに眼を合わせ、口止めすると前を向き直る。


「幹部に契約の見直しを指示した。多少損失は出たようだが、まあ大したことはない。あの子も立派に努めている」

「彼女の働きをご存知なのですね」

「俺は社長だぞ。知ってるさ」

「あ、いえ、失礼いたしました」

 そしてまた、山村は無口になった。そしてゆりこも。

 ゆりこにとって、ここまでの会話で十分だった。この関係で悩んでいるのは彼も同じなのだと知ったから。


「社長。駅に到着しますが、よろしいでしょうか」

「うむ、頼むよ」

 山村は少し微笑んでいるような小さなため息と共に、ゆりこに目をやる。

「島田君、君は度胸があるな」

「いえ。佳奈子には勝てません」

「んん?、それは嫌みかな?。ははは」

「はっ、いいえ!、その・・そんなつもりでは」

 佳菜子の仕事ぶりを知っているゆりこは謙遜のつもりだったが、彼ら二人の悩みのツボにハマってしまった。


 やがて車は静かに駅前の広場に停車する。

「友達想いだね、君」

「両想いなんです」

「そうか、ははは。では、おやすみ」

「失礼いたします」

 車を降りたゆりこは深々とお辞儀し、山村を見送る。

 心境を複雑にする内容だったはずなのに、不思議と気分は晴れていた。

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