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第18話 山村との出会い

 九州から帰って一ヶ月近く過ぎ、もう今年度前半も終盤。ゆりこと佳奈子が所属する部署では、近々二名が別部署に異動となり、ささやかなパーティーが開かれた。佳菜子とゆりこにとって身近なメンバーではなかったのでソフトドリンクで乾杯し、お開きとなったところで二人は会社の人とは別に、会場から近い蕎麦屋で夕食をとることにした。そのつもりでいたのでパーティーの料理は少しだけ手を付け、お腹を空かせている。


「やっぱりココ、いつも美味しいね」

「うん。インテリアも落ち着くし」

 運ばれた料理を口にしながら、計画が正解だったと告げる。

 ちょっと値段は高めだが、香りの良い手打ち蕎麦はこの辺りでは有名。遅いこの時間でも他に空いてる席は二人掛けの1席だけになっている。


 二人は春から計画していた旅行を、この秋に予定している。久しぶりにのんびりしようと山間の観光地を探し、距離的にも苦にならない秩父にした。

「ねえ、ペンションだけど、準備はどう?」

「う〜ん。小さいカバンで済まそうかなぁ」

「そうね〜。この前は要らないもの持ちすぎたもんね」

 紅葉にはまだまだ早すぎるが、それでものんびり過ごしたい二人はその日が来るのを心待ちにしている。


「明日も仕事か」

「そうそう。あと一日ありま〜す」

 あははと笑う二人にとって、仕事はつまらないものではないが、この国では定職にありついた者が皆言うように、二人もこんな風に仕事の労力を笑い合う。

 笑顔のゆりこが急にびっくりしたように肩をすくめた。


「僕だよ、ケンジ。サユリ、返事をくれないか。君が危ないんだ」


 信じられないような眼で一点を見つめ、箸を持ったまま胸で手を組むゆりこ。

「どうしたの!?」

 佳菜子の脳裏に、ゆりこが初めてケンジから呼びかけられた春の記憶がよぎる。彼女の仕草はその頃にそっくりだった。

「ケンジから?」

「うん…。そうみたい…」

 佳菜子は一度、上下の唇を口に丸め込み、眉間を寄せてゆりこに言った。

「男ってシツコイのよ。無視したほうがいいと思うよ。ね」

 姉が妹に忠告するように、その親友はゆりこにささやく。

「そうだね。そうする」


 それから二人はしばらく無口になったが、やはり避けられる話題ではなかった。目を合わせることなく、佳奈子が問い始める。

「何だって?」

「わたしが危ないとか言ってる」

「ああ〜。こりゃ、復縁迫る男の古典的な手じゃないの?」

「完全無視!!。忘れよーっと」

「あはは。そうだね」

 気を取り直し、付け合わせの漬物を交換したり食事の続きを楽しもうと無理にケンジの存在をその場から消し去った。


「サユリ、無事かい?。僕以外のヤツに応えちゃダメだ。いいね」

 食事を終えて勘定を精算している最中、もう一度ケンジが呼びかける。

 やはり、さゆりは無視を決め込む。


 明日も仕事なので、これで帰ることにした。佳菜子のアパートは地下鉄の方が早いので店の前で別れた。

「じゃ、気をつけてね。バイバイ」

「うん。そっちもね」

 ゆりこは駅前まで続く繁華街の通りをなるべく人に会わないように歩いて行く。

 道すがら、大きな高級車が小料理屋に横付けされていた。ゆりこがその横を通りかかった時、店から姿を現したのは自身の務める会社の社長、山村だった。

 彼は運転手が開けた後部のドアに歩を進めていた。


「社長!、あの、山村社長!」


 振り返る運転手と共に、やや大柄な山村はぬっとこちらを伺う。そして小料理屋の女将に手を挙げて礼をすると、上着のボタンを留めながら車の後ろに廻ったゆりこに近づいた。


「えーっと、失礼。どちら様でしたか…」

「第一事業部、商品企画課の島田ゆりこと申します」

「ああ、なんだ。ウチの社員さんか。商品企画課の…」

「はい。佳奈子とは同期です」

「そうか」

 山村は全く動じる様子はなく、静かにゆりこを見つめる。年度の節々でステージの壇上に立つ彼を見かけるが、こんなに間近で挨拶したことはなかった。

「お話が御座います。よろしいでしょうか?」

「うむ…。乗ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

 ゆりこが頭を下げる前に山村はさっさと車に歩き出し、乗り込んだ。後を追うように、ゆりこは反対の後部座席に駆け寄る。中から山村がドアを半開きに開けてくれた。

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