第5話 お前、なぜ知ってるんだ?

 あくる日、ゆりこが出社すると主任の高槻は席で新聞を広げていた。彼はその日の日程によって、こうしていることがある。

「おはようございます」

「ん」

 まあ、相変わらずぶっきらぼうな挨拶が帰って来た。ゆりこはお茶やらハンカチやらをデスクに並べ準備を済ませたが、ふと高槻の広げる新聞が目に入った。ある国の飢餓を伝えるもので、高槻は熱心にその記事に目を通していた。

「生まれてくる赤ん坊の8人に1人が5歳まで生きられんそうだ」

 ゆりこの目線に気がついて、高槻は一言こぼした。彼は去年、男の子を授かったばかりだ。

「主任は毎年、社の募金活動に参加されてますね」

 高槻はその記事から目を離すと、一度口をすぼめる。

「ん。前の部署で、コーヒー豆に関わった頃からだな」

「そうですか。すごいですね」

「ん、まあ、すごかあないが、彼らが貧しいのに、こっちは金持ちと売り買いしてるばかり、それじゃあなぁ」

 高槻は新聞を畳むと腕時計に目をやり、コーヒーを飲み始めた。

「さて、おまえさんの予定は大丈夫だな」

「はい」

「加納、山田さん、どうですか?」

「大丈夫です」

「問題なし。ですな」

 中途入社の山田は高槻より年上である。

「私は午前中、連絡会議があります。よろしく」

 高槻は資料をまとめると、会議室に向かって行った。彼が消えると、それぞれの仕事に黙々と取り掛かる。フロアは徐々に電話の回数が多くなり、騒々しくなって行く。その中で、ふと思った。

「ケンジ…。彼も仕事をしているのかしら」

 取引先と何本か電話の後、佳菜子から社内メールが届いた。

「ハロー。調子どう?」

「へへっ。絶好調ですよぅ(^^)/と」

「お昼、弁当だよ」

「オッケー」

 外は今日も晴れている。絶好のお弁当日和にちょっと気持ちがはやる気がした。もちろんケンジの話題を持っていたし、佳菜子と話すのはやはり楽しい。

「はい。では後ほどこちらからイメージの画像をお送りいたしますので、はい、失礼いたします」

「ほーい、お疲れ」

 午前中最後の電話を切ったところで、佳菜子が昼食を誘いに来た。

「ごめん。ちょっとメモだけさせて」

「はいよ。ゆっくりやってちょーだい」

「うん」

 メモを終えたところで、二人で屋上に登った。想像通りの天気で気持ちがいい。いつものベンチで、二人で弁当を広げる。この場所はゆりこと佳菜子がいつも座る場所なので、他の人は気を遣って譲ってくれていることが多い。

「ね、あれからどう?」

「うん。昨日もあいつがやって来たよ」

「何か言って来た?」

「別になにも無いんだわ。何か変わったことがあれば先生に相談できるんだけど…」

 二人の会話に出てくるケンジという存在は、既に普通の人物のように取り扱われている。

「何もなくたって、よくない? 先生だって、情報は多いほどいいんだし」

「う〜ん。そうは言ってもさあ『この間と同じです』じゃあね」

「ねえ、現れた日は記録しておくといいんじゃない? カレンダーにチェックでもOKだし」

「さすが、佳菜子。的確なアドバイスだわ」

 早速、今夜からやってみようと思った。

「あいつが言う事には、ずっと人にノックしていて、やっとわたしに行き当たったらしいのよ」

「ふうん。ずっとねえ」

 佳菜子にはそのノックの意味がよく分からなかったが、ひとりひとりに呼びかけてるくらいに受け取った。

「他にいないってわけね。先生の言う通り、少ないんだ、あんたみたいな超能力者が」

「はあ…。超能力は要りませんって感じだけどね」

「ははは。まあ、先生も気に病むなって言ってるし、そのケンジと仲良くやるしかないか?」

「まあ、そうね〜。実際、仲良くなってるし」

 ケンジとの会話を思い出し、笑みを浮かべるゆりこは、弁当のジャガイモをパクっと口にした。佳菜子はご飯をモグモグさせながら、思い出した。

「ねえ、残業がさ、近々大幅に制限されるって聞いた?」

「まだ聞いてないわ。そんな話があるの?」

 ご飯を呑み込み、お茶をひとくち飲んで佳菜子が続ける。

「うん。徐々に施行で、当面は水曜が残業禁止になるんだってさ。他の業界に合わせて行こうってことらしいよ」

「う〜ん、いいのか悪いのか。経費減らしに出たってこと?」

「かもね。去年も業績が悪かったけど、今年もイマイチだもんね」

「そうかあ…」

 二人はまた、ご飯に箸を通す。今度はゆりこが何かを思い出した。

「そうだ!。電車の広告で、あの店がバーゲンするらしいよ。今度の週末に」

「行きたいね!」

「あたしも!。電話するね」

「ホイホイ。お待ちしてますわ」

 食べ終えると、そのまま日向ぼっこで昼休みを終えた。

 昼休みを終え、ほんの話題のつもりで佳奈子に聞いた残業制限を高槻に話すと

「ん? そうだな、残業を大幅に抑えようってことだ。その件は今日の連絡会議で出た話題だぞ。おまえ、何故知ってるんだ?」

 以外な答えが返ってきた。

「あ、そうですか。あら…」

 高槻でさえ知らない内容を佳菜子は知っていた。新しい施策の件、業績の件。佳菜子の噂が、ゆりこの中で確信的に揺れ動いた。

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