第4話 奇妙な関係
次の日も、ケンジは現れた。日曜日のお昼前、同じような時間。ゆりこは清水に連絡を取ろうかと思ったが、渡された名刺の住所からすると、ここまで一時間ほどかかる。
「サユリ、こんにちは。今日も応えてくれたんだね。うれしいよ」
彼の声はどこか弾んでいるようで、そのくせ口ぶりはシャイな。本当に嬉しそうで、それでいてどこか寂しげな。
「あなたは一体…? なぜ、わたしと話せるの?」
まだその疑問を解決できないゆりこにとって、それは自然な質問だった。
「昨日も同じこと聞いたね。君が話せる人だからさ。僕と同じ」
「あなたと同じ…」
彼にとって、会話が可能な要因はどうでもいいことのようだ。それがゆりこには不思議でならない。彼、もしかすると彼らにとってはこれが普通なのか。
「ずっと探していたんだ。君のような人」
今日の彼は昨日のように話し通すのを辞め、物静かな青年になっていた。一度知り合ったので落ち着いたのか。『僕と同じ』ように話せる相手を探し当て、昨日までは興奮していたのか。
「僕、今までこんな風に話せる人をずっと探していたんだ。君のような人に出会いたかった」
「そして、わたしを見つけたのよね。どうやって?」
「うん。それはね、一人ずつノックしていくのさ」
「ノック?」
「君にしたように。僕はケンジってね」
「どうして? 家族や友達はいないの?」
返答がない。ゆりこは申し訳なく思い、だが謝るのも何だか変な気がした。清水の話が本当なら返答できる人間はごく限られているはず。一人ずつノックしていくなど、恐らくここまで大変な労力だっただろう。
そして次の言葉は
「寂しいの?」
としか思いつかない。
「寂しくなんかないよ。僕は一人に慣れてるから」
まるで強がる少年のような答えにゆりこはちょっと可笑しくなり、ふふと笑った。
「あ、笑った。ははは、初めて笑ったね」
「だって、子供みたい」
「そんなことないよ。立派なオトナだよ」
「ほら、またムキになった。へへへっ」
「ははは、まいったなぁ。君って、よく笑うんだね」
陽気に笑う彼の声は次第に小さくなり、寂しげに消えた。ゆりこは彼の様子が分からず、なにも無い世界に一人取り残されたようで少し不安になった。
「どうしたの?」
「ここに居るよ」
彼は同じ場所から答えた。
「声がしないと怖いわ」
「僕はずっとここに居るよ。そうか、君はまだ慣れてないんだね」
「慣れるって…」
あなたの言う孤独って、このこと? まさかね、とゆりこは自身で否定する。彼にも現実の世界に現実の知り合いがいるのだから。
「姿が見えなくても、君と僕は今つながっている。よく分からないけど、話が出来るじゃないか」
「そうね」
「それ以上、考えることがあるの?」
「どうして? 知りたくないの?、どうして話せるのか…」
「僕はそんなことはどうでもいい。やっと君に会えたんだ、この事実だけで欲しいものはないよ」
「…」
彼の無欲は何か絶望している。それが寂しげな気となって語られているのではないか。
「ねえ、君ともっと会いたいんだ。明日のこの時間は?」
「明日は仕事があるから…」
「そう…」
落胆する彼の言葉につられ、少しムリに時間を考えた。
「そうね、夜ならいいわ。8時過ぎかしら」
「ありがとう。今は何時?」
「多分、お昼少し過ぎ」
「うん。それじゃあ、また明日。楽しかった」
「わたしもよ」
「またね。サユリ」
彼が消えると、昨日と同じように食卓のテーブルで目を覚ます。
「ケンジ…。また明日」
ぼーっとしながら、清水に連絡するべきか考えた。ただ、内容は昨日と殆ど変わらない。そうだ。彼との間に何か変化がなければ、清水に相談するネタがないのだ。
そう考えるとケンジのこと、繋がる感じ、その方法をもっと知る必要がある。
「彼にしばらく付き合ってみるかな…」
微笑みながら、ゆりこは自身の心の中に新しい出会いの期待感が膨らんでいくのを感じた。
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