第3話 まっさらな空に憧れて


僕の学校では、放課後、日直は教室に最後まで残っていた。

出席番号順で男女のペアだったのだが、僕の場合、それが吉澤尚美だった。

彼女は時々、こんな質問をしてきた。


「あんたって、いっつも無愛想だけど、好きな人とかいない訳?」


日誌を書きながら、目線は下のまま、声だけ僕に向けていた。


「...吉澤」

「ん?何よ」


面と向かって言う勇気がない僕は、こんな風にずるい言い方しか出来なかった。

鈍感な彼女に、気づけるはずがないのに。

でも、それで良かったのだ。

彼女は何気なく訊いてるだけだったから。


「...明日俺英語当たるからノート貸して」


そして、本当のことなんて、言えなかった。


「えー?またあ?」

「頼むって、俺が英語苦手なの知ってるだろ?」


たまには自分でやりなさいよ、とかぶつぶつ言いながらも、尚美は毎回貸してくれた。

人が良すぎるから、僕みたいに勘違いする奴が出てくるってのに、それに全く気付いていない。

それもそのはずだ。尚美は好かれたくて、誰かに優しくしていたわけではなかったから。

言い方はちょっとキツかったけれど、僕はそれを彼女が自分を飾っていない証だと思っていた。

だから僕はますます彼女に惹かれていたけれど、想いを伝えられるはずなんてなかった。

僕に、好かれることなんて、尚美は望んでいなかった。


ふと、尚美が小さく声を上げて、教室の窓の方へ歩み寄った。


「吉澤?」

「夕日が綺麗」


僕も彼女を追って、隣に立ち、窓から空を見上げた。


「吉澤って案外ロマンチストなんだな」

「失礼!」


尚美は、少しむっとした顔をして、からかった僕を軽く睨んだ。


「...私、雲一つない空が好きなんだよね。青くても良いけど、やっぱ夕日が良いな」


だが、彼女は大して気にしていなかったようで、すぐに窓の方に向き直って、ポツリとこぼした。


普段は明るい尚美が、少しだけ物憂げに夕日を見つめていた。

その横顔が、あまりにも美しくて、僕は逃げるように視線を空に向けた。

僕が見てはいけないような気がした。


僕を空に喩えるとしたら、君への想いと言う名の雲で覆われて、空自身の色がわからないほどに霞んでいるだろうから。


そして、僕は、その想いを伝えて、自身をさらけ出す勇気などなかったから。


その日も僕は、自分を晴らせる方法など見つけられず、ただただまっさらな空に憧れていた。



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今日も空を見上げる 瀬野晴稀 @Seno

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