stage
ステージに上がった人物を見て、俺は息を呑んだ。
「時間がありません。クリエイターは、既に全ての準備を終えています。見えますか?」
ステージの上から梶尾が右手を群衆に翳す。それに答えるように、群衆の唸るような声が響き渡る。そして、空間を囲う建物と空気全てが揺れる。
次の瞬間。
突然、思考に流れ込んで来た映像。拒もうと意識を閉ざしても、極彩色の羽に包まれた人間なのか鳥なのか判断出来ない人形の生命体が、人を喰らう様子や、豚のように肥大した身体を揺らし排泄物を貪る肌色の人間の様子。更には、鋭い眼光で人間の女性を犯す緑の鱗を纏った人間に似た生命体が、脳内に鮮明に映し出される。
「止めろ!」
俺は叫んでいた。
だが、群衆の唸るような声に押し潰されて声は消えて行く。
「クリエイターは、既に多くの都市と坑道を食い荒らした。残された人間も狙われている。」
梶尾の声と共に、強くなる群衆の唸り声と映像の鮮明さ。
「止めろ! 止めてくれ……」
俺は懇願した。しかし、映像は止まる事無く俺の脳内に流れ込む。
「頼む……止めてくれ……」
懇願が梶尾に届く事は無い。映像は強烈に凄惨さを増して行く。餓えた人間が我が子を喰らい、瀕死の女性からは人間のそれとは明らかに違う形相の赤子が膣を喰い破り生まれる。
「頼む……」
俺は頭を抱えて、その場に膝を着いた。
「これが現実です」
梶尾が手を下ろす。津波のように、押し寄せていた映像が消える。ぐったりと心の中心が疲れていた。今、この瞬間。誰かに少しでも触れられたら、胃の内容物全てを撒き散らしてしまいそうだ。
「政府の連中は、我々をレジスタンスと呼び、壊滅させようとしています。国民に、我々の存在を知られたくないのは、国民をクリエイターの望む餌として担保したいからです! だが、我々は認めない! 絶対に認めない! 意味も無く、食われる為だけに育まれる人間が存在して良い筈が無い!」
梶尾の叫びに群衆が絶叫して答える。信じられない程の歓声が建物と地面を振動させる。
俺は、異様な熱気に目眩に似た恐怖を感じた。
「ここに集まっている皆は、クリエイターに戦いを挑む為に選ばれた者です。皆、それぞれに役割がある。ここは、それを受け入れ、磨く為の場所です。皆、自分が成すべき事を考て下さい」
梶尾は群衆全員を睨み付けてステージを降りた。
「梶尾!」
俺はステージを降りて来た梶尾に駆け寄る。
「喜一郎さん」
梶尾は先程までと別人のような幼い笑顔を俺に向けた。
「これは、一体どうなってんだ? 俺には、まだ意味が分からないんだ。ハマちゃんはどうした? クリエイターって、何だよ? レジスタンスや政府が何だって言うんだ?」
俺は梶尾の肩を揺らしながら矢継ぎ早に訊いた。訊かずにはいられなかった。
「濱名さんなら大丈夫」
梶尾は屈託の無い笑顔を向け続けている。これが、つい先程まで凄惨な映像を僕の脳裏に焼き付け、雄弁に語った梶尾と同一人物なのかと疑ってしまう。
「梶尾……これは現実なのか? 俺達は……」
俺の言葉を手を上げて制する梶尾。
「聞こえますか?」
梶尾が俺を見詰める。俺は梶尾に促されるままに目を閉じて意識を集中させた。
「…………」
言葉にならない呻きと巨大な鳥の羽音のような気配を感じる。俺は梶尾を見詰め返して頷いた。
「早い……喜一郎さんには、まだ無理だ。直ぐに中へ!」
梶尾の言葉が終わらない内に、それは俺達の目の前に舞い降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます