俊之・まりあをくっつけ隊 ~初日夕食の活動
神崎零介は北崎川高演劇部の部長。
音楽にはまったく興味がない。強いて言うなら歌劇やミュージカルのシナリオには興味があるというくらいで。
だが、なぜかいつもつるんでいる悪友は大のクラシック音楽好き。
神崎はその悪友――成宮 慶に半ば引きずられるようにして管弦楽部の春合宿に特別参加していた。
ちなみに今回で二回目。
管弦楽部に限らず友人の多い成宮と違い、そもそも人付き合いの苦手な神崎にとって、管弦楽部の合宿など退屈以外の何ものでもない。
今年こそ断ろうと思っていたにもかかわらず、気付いたら参加させられていて、去年に引き続き、あちこち見て回りつつ人間観察。それくらいしかすることがない。
“夕べの集い”のあとも、やはり独り。
気ままに食堂へ向かう途中、奇妙な一群を見つけた。
ひそひそと話しつつ、前の方をうかがう様子で歩く七、八人の男女の集団。
名前と顔の一致しない面々ばかりだったが、一人、二人、同学年の人間もいた。
そのなかに悪友の姿を見つけて溜息をつき、いったい何を見てんだ? と、集団の隙間から、そのさらに前方を見る。
集団の前を歩いていたのは男女二人――山元弟と旭まりあ、だな……。
長身とそこそこのルックスで、他学年にも知られた双子の山元兄弟の弟、俊之。
キャラクタ的には兄の貫之の方が強烈で、俊之はその影に隠れ気味だが、成宮と仲がいいため、多少付き合いがある。大人しく少々陰気に見えるが、喋ってみるとごくごく普通。
一方の旭まりあは管弦楽部の幹部クラスの役員らしく、演劇部の舞台演奏の依頼や音源を借りに管弦楽部へ行くと十中八九交渉の席につく。
女子にしては長身で、顔立ちも悪くはないが、粗野な言動がそれを台無しにしている。
こちらも成宮と仲がよく、何度か話したことがある。言動はともかく、人柄はそこまで悪くはない、という印象だった。
山元弟と旭が仲がよいのか悪いのかは知らないが、たまに成宮を加えた三人でつるんでいるのを見かけるので、悪くはないのだろう。
集団のヒソヒソ話は聞こえないが、普通の声の大きさで喋っている二人の会話は、断片的にではあるが聞こえてきた。
「……だからな、あれじゃ……、音が軽い……」
「そうは言ってもだな……、借りてくる……」
「鉄板でも切り出して……」
「……チューニングが大変だろうが」
何の話かちっともわからないが、重要な話のようには思えない。
そのうちに二人は食堂に入り、集団は入口で立ち止まって、先頭の二、三人がなかをうかがい見る。
神崎は集団を追い抜いて、お盆を取り、山元弟と旭の後ろに並んだ。
と、後ろに怪しい集団がぞろぞろと並ぶ。
ヒソヒソ話すらやめ、不気味なほど静まり返った彼らを訝り見ると、一人挟んで後ろに立っている成宮と目が合った。
眉根を寄せて右手の人差し指を口に当てる――何も言うな、ということらしい。
軽く息をついて前に視線を戻す。
二人は相変わらず何やら話し込んでいた。
「その解釈でもいいが、あくまであれは教会の鐘なんだぞ? それも低く重たい音でなければチューバと釣り合わない」
「しかし、パロディじゃあないか」
「いや、何度も言うが、それはあくまで主題だけがパロディなんだ。だから、音は本物を持ってこなければ。少なくとも私はそう思う」
「元々はそういう話じゃあなかっただろう? なかったら何をどう代用して演奏するか、という話だったじゃあないか」
どうも音楽の話らしい。
しかも、そこそこ白熱している――ああ、ひょっとして後ろの連中は、どっちが勝つか賭けてんのか?
再び振り返る。
今は旭が優勢。だが、集団の面々は揃いも揃って浮かぬ顔――賭じゃあないのか……?
ゆるりゆるりと進む列。
カウンタに並べられた食器を取り、お盆に置きながら、山元弟と旭は、なおも議論を続けていた。
「だから、私はなるべくならば代用はしたくないと言っている。どうしてもというのなら鉄板切って造れと言ってるだろ、何度も」
「代用といってもテューブラ・ベルは元々鐘の音を表現するための楽器だろうが」
「音が高くなるだろ」
「わがままだな、旭」
「何言ってんだ。チューバと釣り合わなきゃ意味ないだろが」
「だがさっきも言ったが――」
どうも堂堂巡りをしているらしい。
飽きもせずにまぁ……、と半ば感心しながら二人に続いてご飯やおかずの盛られた食器を取ってお盆に置いていく。
最後にデザートを取った二人はカウンタから一番遠い場所に向かい合って席を取った。
どうしようか迷ったが、展開が気になったので、二、三席離れた場所で、斜め右前に山元弟が見える位置に座った。
あとに続く集団は相変わらず静かなままズラズラと神崎に続くような形で次々と席に着いていき、食前の挨拶もなく、静かに食べ始める。
一方、山元弟と旭も手を合わせることも挨拶もなく、こちらはひたすら会話を続けながら食べ始めていた。
「やっぱり悪魔の踊りはいいよな」
「まあ、聴く分にはな。あと、管も楽しいだろな。弦からしたらあまり楽しくないけど」
「でも、新鮮な感じじゃないか?」
「それは思った――そうそう、新鮮といえば、今日改めてカラヤンのブル8聴いたんだけど」
「旭がカラヤンなんて珍しいな。で、何か新しい発見でもあったのか?」
「やっぱり私には合わないなぁ、って」
「何だそれ」
「でも、ホント久々だったから新鮮だったよ」
いつの間にか二人の口調は和やかなものになっていた。
そのまましばらく聴いていたが、二人と集団の関係がわかりそうな話は出で来ず、神崎は諦めて食べることに集中することにした。
それからおよそ十五分。
喋りながらもかなり早いペースで食事を平らげた山元弟と旭は、どちらからともなく立ち上がった。
「しかしあれ、あんな場所でああいうことするかなと思わなかったか?」
「いや、オレはそれ、ちょっと理解できるけど」
「スコア読めば正しくないことくらいわかるだろ?」
「ああ、でも、それでも何かやりたくなる気持ち、わかるぞ」
「けど、あそこでやったらお終いなんだよ」
相も変わらずよくわからない会話を交わしながらお盆を返却口に返し、二人は終ぞこちらを振り向くことなく食堂から出て行った。
その直後、今まで沈黙していた集団が、はぁ、と、全員ほぼ同時に溜息をついた。
二人を見送るように出口の方をぼんやり見ていた神崎はギョッとして振り返る。
「あーもー、結局失敗だったじゃない!」
「ホントにー!」
「誰だよ? 二人っきりにしていればそのうち間が持たなくなって恋愛方面の話になるなんて言ったヤツ!」
「わ、私じゃないよ」
「まぁ仕方ないでしょ」
「そーそー、あんなにネタがホイホイわいてくるなんて予想外だったし」
「ああいうネタでずーっと続くんだったら会話に加わりたかったな、俺」
「それは成宮君だけです」
「やっぱり密室じゃないと駄目なのかなぁ」
「っていうか、今の時点で付き合ってるって言ってもおかしくないくらい十分仲いいと思ったのはあたしだけ?」
「あ、それアタシも思った!」
「ねぇ、いっそのこと、こっちから付き合ってるって噂流したら?」
「あー! それいいかも!」
何なんだ、コイツら――神崎は目を瞬かせた。
「よし! とりあえず次の作戦は『噂を流す』! これで決まり!」
集団のリーダーらしき女子がそう言って立ち上がると、それに倣うように次々と立ち上がっていく。
そして、パパパパパッと手を重ねていくと、
「『俊之・まりあをくっつけ隊』、ファイトー! オー!」
そんな音頭に合わせて、オー! と歓声があがった。
そうして怪しい集団はわらわらと解散していった。
その場に取り残されたかたちとなった神崎は独り思う――『俊之・まりあをくっつけ隊』って、その安直なネーミングは何だ? ていうか、今時小学生でもそんなおかしなコトしないと思うが……、あと、そんなアホらしいことが周囲で展開されていることに気付け、山元弟、旭。
「何よりも真面目に悩んでしまった俺の時間返せよ……」
小さく呟いて、盛大な溜息をついた。
(3月28日17:30 夕食)
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