Imageboy? Imagegirl?

「はあ……」

 ほんの一時間の間に、自分はどれくらいの溜息をついただろう。

 一、二……とカウントし、また一つ溜息。

「はあ……」

 北崎川高等学校管弦楽部五十一期広報係・小山万里はもう何度目か全然わからない溜息に溜息をつく。

「全然大丈夫そうじゃなさそうだけど、大丈夫?」

 そんな彼女にあまり優しくない言葉を笑顔でかけるのは、同じく五十一期イベントプランナー兼コンサートマスターの境ヶ浜鞆。

 小山はさらに溜息一つ。

「……鞆君、元気そうだね……」

 何で? と境ヶ浜を見上げる。

 境ヶ浜はさらりと一言。

「元気だからね」

「いや、だから何で元気なの」

「広報係じゃないから」

 ムカツクこの男!――力いっぱい睨んでも、超絶美少年はただニコニコ。

 せめて気まずい顔をするまで睨んでいようと思ったものの、いかんせんスタミナ切れかけの小山。

 結局、すぐに視線を逸らし、また溜息をついた。


 ――溜息の原因は、三十分後に開始予定の“夕べの集い”だった。

 “朝の集い”とともに研修施設での合宿にはつきもののこの行事。

 施設からの連絡事項を施設滞在団体に知らせたり、また団体間で簡単なコミュニケーションを図ったりと、面倒といえば面倒だが、所用時間は精々十五分程度。

 しかし――

「……うちの部、他から何て思われてるかな……」

「うーん、トラブルメーカー?」

「そんなことはわかりきってます」

 ――合宿初日。

 ここに到着してまだ半日も経ってないのに、もうトラブル二件。

「崖崩れに巻き込まれたかと大騒ぎしたら実は迷子でしたとか他団体とケンカとか……」

「でもどっちも解決したからよかったでしょ」

「よくない」

 ちっともよくない。

 解決したのは不幸中の幸い、そう、あくまで不幸中の幸い。

「崖崩れのことも他団体とのケンカも、すっかり施設内に知れ渡ってんのに! どうやってうちの部を“夕べの集い”で紹介すればいいの!」

 ――滞在初日の“夕べの集い”では他の滞在団体に対して自分たちの団体の紹介をしなければいけない。

 オケ部では毎回庶務課広報係が担当している――つまり、小山の仕事。

「でもよかったじゃない? トラブル起こしたどこかの子ども会は今日までの滞在でもう帰っちゃったんだし。プラス思考プラス思考」

「よく言うわ、普段はネガティブなくせして」

「あれ? どちらでもないつもりだけどね」

 隣でニコニコしている境ヶ浜もストレスのもと。

 練習以外の日程、すなわちレクリエーションやオリエンテーション、そして、朝夕の集いそのものを管轄するのはイベントプランナー。

 “夕べの集い”で実際前に立って部の紹介をするのは小山だが、内容の決定権は境ヶ浜にある。

「あなたと単なるデートだったらともかく、一緒に仕事というのはホント勘弁」

 ひどいな、と境ヶ浜は顔をしかめた。

「ぐちる前に案を出して。言っておくけど万里の仕事だよ? 僕は付き合ってやってるだけだ」

 まったく歩き疲れちゃったよ……、と今度は境ヶ浜が溜息一つついて、花壇の縁に腰を下ろした。

「いつの間にか掲揚台広場に来ちゃったし」

 言われて見渡してみれば、ここは朝夕の集いの行われる場所。

 まだいくらか時間があるので人けはない。

「ねぇ、鞆君、何団体居るの? 今日」

「うち入れて四団体かな?」

「……盛況だね」

「宿泊四号棟までフルで詰まってるって誰か言ってたよ」

 掲揚台広場はいっぱいになるだろう。

「今日初日の団体はうちだけなのよね」

「うん」

「……ブルーだわ……」

 想像するとクラクラする。が、歩きながらでないと何も浮かばないたちのため、クラクラするのをこめかみを押さえて我慢しながら花壇の周りをうろうろする。

「はあ……何かいい方法ないものかな?」

「何の?」

「うちの部、ホントは大人しくて理知的な部なんですってアピールする」

「……万里、むなしくない?」

「……むなしい」

 派手にやってしまった以上、どんなに取り繕っても無理だろう。

「崖崩れはともかくケンカのあと――さっきだけどさ、凄かったよね」

「私、直接は見てないの。でも相当凄かったらしいね」

 三号棟の廊下で練習中に異様な雰囲気に気付いて問題の舞台となった大研修室へ行ったが、その時にはすでに事態は収拾に向かっていた。

 相手となった子ども会のメンバーは退所時間が迫っていたのかもう引き上げたあと。だが、興奮冷めやらぬ様子でまるで勝鬨の声のような歓声を上げる管打楽器セクションの面々、それを遠巻きに見つめる他団体と思しき人々を見、しゃれにならない疲れを感じた。

「取り繕うのはどう考えても無理だわ……」

「いっそ開き直って堂々といく?」

「嫌デス。前に立って紹介する身にもなってよ。それに、うち、管弦楽部よ?」

 管弦楽部――オーケストラ。

 なかに身を置いていれば、決して高尚ではないこともわかってくるが、一般的にはやはり贅沢で高尚というイメージがある。

「世間一般のオケのイメージダウンを率先してしてるっぽくって広報係としては何だか嫌」

 別に御役目第一主義ではないが、極力クリーンなイメージは保っておきたい。

「うーん……、でも、一概には言えないんじゃないかな万里。逆に親しみやすいイメージでいいんじゃない?」

「……親しみ易い? 事故にあったかと思ったら実はただの迷子で山中さまよってましたっていう迷惑なOBがいて、さらにケンカして勝ったら勝鬨の声上げるような管打セクションを抱えるオケが?」

「ごめん、前言撤回」

 さしもの境ヶ浜もちょっと堪えたらしい。

「ああ、何か万里と話してたらうちのオケ相当ヤバいんじゃないかって気がしてきたよ……」

「いや、ヤバいんだって、ホントに」

 取り繕うのは無理。ならば、どうすればいいのか――

 と、ふと境ヶ浜の顔を見、動きを止める。

「そうだ……、いい方法思いついた……」

「ん?」

「顔よ、顔!」

「顔……え? ちょっと万里、まさか……」

 立ち上がろうとする境ヶ浜の両肩をがっしり掴み、そして、ぐっと顔を寄せる。

「そう、そうよ……こうなったら顔で誤魔化すしかないでしょ」

 かたちのよい輪郭に、きれいにおさまった大きく黒目がちな目、小づくりな鼻に口。

 中性的なつくりのよい顔。

「名付けて『美貌でごまかせ大作戦』って、どう?」

「捻りがないっていうか、遠慮したいな、それ……」

 聞く耳など持つつもりはなかった。

「鞆君って、オーケストラって感じだよね」

「オーケストラって感じって……」

「オーケストラはオーケストラよ」

 境ヶ浜を見据える目とその肩を掴む手にぐっと力を力を込める。

「ああ……、見れば見るほど鞆君以外ありえないわ……、大丈夫! そのキレイな顔だったらごまかせる!」

「ば、万里……」

「境ヶ浜鞆! 北崎川高オケのイメージガールじゃあなくてイメージボーイ決定! そして、私に代わって挨拶しなさい!」

「万里……」

 あれだけ感じていた眩暈も疲れも取れ、そして溜息ももう出ない。

「しかしそうねぇ、男をごまかすには女も――あ! そうだ! ねぇねぇ、たえこも起用ってのはどう?」

「たえこ……って……」

「ヴィオラの小阪たえこに決まってるでしょ!」

 ヴィオラパートの小坂たえこはクオーター。

 性格はともかく人目を引く。

「たえこ、普通に立っていればフランス人形みたいでしょ? まさにオーケストラって感じ!」

「フランス人形とオケって関係ある……?」

「決定! イメージガールはたえこ! そうと決まったら時間がないからさっさとたえこを探しに行くよ! 鞆君!」

「え、え……なんで僕まで……!」

「放っておいたら鞆君逃げるでしょ!」

 そうして強引に境ヶ浜の腕を掴み、引きずるようにして小山は走り出した。


 かくして、“夕べの集い”の団体紹介にて、

「皆さん、こんばんは」

「ええっと、今日から三泊四日の日程でこちらに滞在させていただくことになりました北崎川高等学校管弦楽部、です」

 精一杯の笑顔で頑張るハメになった哀れな境ヶ浜と、いまだにわけわからない様子の小阪の姿があった。

 そして、結果として両名は滞在中、様々な団体の人間から色々とうっとうしいほど誘いを受けることになった。

 が、この『美貌でごまかせ大作戦』で北崎川高等学校管弦楽部のイメージ改善がなされたかどうかは定かではない。


 (3月28日17:00 夕べの集い)

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