プログレッシブ・ハートビート
「あーちゃん。あーちゃん」
彼女の呼ぶ声で目を覚ました。
ああ、昨夜もソファーで寝落ちしたあと、ベッドに移動してきたらしい。
「ん、おはよ」
「おはよ。あのさ、風邪薬まだあったっけ?」
ぼんやりとした頭のまま、記憶を探る。リビングの引き出し。薬のたぐいを入れる箱。どうだったかな。
「ゆず、具合悪いの?」
「んー、なんか熱っぽい」
ソファで寝るなっていっつも言ってるのに。そら見たことか。
「バイトは?」
「今日はおやすみ」
「じゃあ今日はおとなしく寝てなさい」
「ゲームは?」
「だーめ」
ぶー、と彼女がむくれる。ぽんぽんと頭に手を当てて、体を起こす。
東南にバルコニーのあるこの部屋には、朝の日差しが心地よく差し込んでいる。
わたしはベッドを出ると、リビングの引き出しに向かう。よかった。顆粒の風邪薬、まだあった。
それを一回分手に取ると、キッチンで水を汲み、彼女のところに戻る。
熱のせいでぼうっとしているのだろうか、彼女の視点は定まらない。
「ゆず。薬、あったよ」
「んー」
生返事。彼女のふわふわの前髪を掻き上げ、額同士をくっつける。熱い。明らかに熱がある。
彼女がぐったりと体を預けてきた。その体も熱い。苦しそうに肩で息をしている。
わたしは彼女の体を支え、コップと薬を渡し、飲ませる。
もう子供じゃないくせに、苦い薬が嫌いな彼女は、眉間にしわを寄せながらそれを飲み下す。
こくん。わたしのそれよりも、ずっと白くて細い喉。その動きに心臓のリズムを乱される。
「ん」
彼女がコップと空いた薬の袋をよこしてくる。目が合った。熱のせいか、それとも苦い薬のせいか、熱く潤んだ瞳。
まただ。不整脈みたいに鼓動が不規則になるのを感じる。
午前七時半。仕事に行くまで、もうあまり時間がない。
「あーちゃん」
いつもの元気はどこへやら、ベッドに横たわる彼女は、蚊の鳴くような声でわたしの名を呼ぶ。
バカだな、とは自分でも思う。だけど、でも、しょうがないじゃん。
わたしはスマホを手にとって、会社に欠勤の旨を伝えた。
本日のラブ:ライク。きっとラブが大きくリード。
そんな、水曜の朝。
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