おまけの話 かくれんぼ
「ケンちゃんが鬼だ!」
と誰かが叫ぶと、じゃんけんに負けた男の子が急いで廃工場の壁に目をふせ、数をかぞえだした。
「いーち……」
歓声を上げながら子供たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……さーん、しーい」
鬼ごっこは十数えるまでに隠れないと意味がない。
「……ろーく、しーち」
背後から聞えるケンちゃんの声がだんだん小さくなっていく。
ボクは慌てて角をまがった。
角さえ曲がってしまえば鬼が十数え終わっても、まだ少しは遠くへ行くことができるんだ。
「ほ~らあった! あそこだ!」
草むらの中に、窓のガラスが割れた事務所が見える。
最初からボクは、その事務所に置いてある壊れたロッカーに隠れるつもりだった。
玄関の鍵が壊れているのは、きのう来て調べてあった。
「よーし。ここなら絶対見つからないぞ!」
背の低いロッカーなので両膝を抱えて座らなければならなかった。
少し怖いけど、ケンちゃんがやってきたら一気に飛び出して壁に向かって走り出す。
そうさ、ちゃんと作戦はたててあるんだから……。
「……クション!」
ボクは小さく身震いしてから、鼻をすすった。
あれ?……眠っちゃったのかな――。
そうか!
息を殺して、しばらく待っていたのに、まったくケンちゃんがやってくる気配が無かったんだ。むしろ、
――ほんものの鬼がやって来そう! ――
ふと、そんな気がした。
だったら桃太郎に出てくる鬼が島の鬼なんかより、「うる星やつら」のラムちゃんが来てくれますように……。
そう考えているうちに眠ってしまったらしい。
とりあえず外へ出よう!
ボクはロッカーの扉を押してみた。
「あれ?……開かない!」
――鍵がかかっている。
玄関の鍵と同じように、ロッカーの鍵も壊れてたはずだけれど……。
「開けて! ねえ、開けてよ!」
ボクは叫びながら扉をドンドンと叩いた。
けれども扉は鍵のところでしっかりとつながっている。
上のほうを強く押してみると、ほんの少し隙間が開いて冷たい外気が流れ込んできた。
けれどもその隙間から見えるものは何もなかった。
あるのは漆黒の闇と死んだような静寂。
隠れる時はお昼だったのに、いまはもう完全に夜じゃないか!
「ケンちゃん……」
ケンちゃんはまだ探しているのだろうか?
「よっちゃん! テイヤン! モモンガー!」
いっしょにかくれんぼしていた友達の名前を呼んでみた。
「みんなは、きっと壁の前で待っているんだ!」
あまりにもボクがうまく隠れたものだから、探すのをあきらめて出てくるのを待っているんだ。
ボクは、そう思いたかったが、もう、みんな帰ってしまっていたとしたら――。
背中をゾッと冷たいものが走り抜けた。
まだ、ボクが隠れているというのに……ひどい。
「あいつら、友達なんかじゃないやい!」
目に涙がにじんでくる。
でも、友達だったら……ボクがいなくなったことを大人に知らせてくれるだろう。
きっと、お母さんはボクを探しにやってくる!
あっ……でも、ボクが眠ってる間に探しに来ていたとしたら――。
「サケオ~! どこだっちゃ~! どこいっただ~!」
夢の中でラムちゃんがボクの名前を呼んでいたけれど、
もしかしてあれは……、
あの声は、確かにお母さんの声だったじゃないか――。
ああ、なんてこった!
お母さんは、ボクを探しに来ていたんだ!
「わぁ~! 誰か助けて~!」
カタン……
「だ、誰かいるの?」
確かに、なにか倒れるような音が聞こえた。
ちょうど、ロッカーが見える部屋の隅の方から――。
…………
「誰? 誰なの! ケンちゃん? それともテイヤン、モモンガー?」
誰かが、部屋の隅で、息を殺してたたずんでいる。
友達? それとも、お母さん?
ラムちゃんだったらいいのだけれど、ほんとうの鬼だったらどうしよう……怖い。
でも、怖いより、寒いや……。
ここから出してくれるのだったら……ほんとうの鬼でも……いいかも。
ああ、寒い。
体がどんどん冷たくなってきた。
そして、なんだかものすごく眠くなってきた。
「鬼さん……ボクの負けです……」
ボクの意識が消え去る前に、
部屋の隅から、かすかに誰かの笑う声がした――。
(了)
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