第25話 不法投棄

 週2回 月・木 可燃ゴミ 

 月2回 第2第4火曜日 プラスティック

 月2回 第1第3水曜日 資源物

 月1回 第2水曜日 ペットボトル

 月1回 第4水曜日 複雑ゴミ

 偶数月の第1水曜日 埋め立てゴミ


 ゴミを分別するのは大変である。

だから、便乗して捨てようと考えたりするのかな……。

*************************************



 一郎は7階のベランダから工事現場を眺めていた。

 20階建てのマンションと言うだけあって、基礎部分が地下深く掘り下げられて

いる。

 おそらく明日あたりコンクリートを流し込むのだろう。

「あんなところにマンションなんか建てば、ずいぶんと眺めが悪くなるわね」

 彼の肩越しに妻の明美が言った。

「ああ、そうだね」

 考え事をしていたので、彼の返事は曖昧だった。

「部屋の中、覗かれないかしら――」

「覗かれるって……」

「だからぁ、こんど建つマンションからよ」

「ああ、覗かれると具合悪いな」

 一郎は、決して見られてはならないと思った。


 午前0時を過ぎたところで、一郎は粗大ゴミを肩に担いだ。

 静かに、音を立てないようにして廊下を通り、玄関まできた。

 覗き穴で外の様子を確かめてみる。

「よーし、誰もいない……」

 ドアの鍵をカチャリと外してノブをまわし、注意深く一歩を踏み出す。

 廊下に顔を出して、右よし! 左よ、よ……、よくないぞ!

 ちょうど左隣の奥さんがドアを出たところだった。

 一郎は、黒ビニールのゴミ袋を背負っているのをもろに見られた。

 一瞬、焦ったが、仕方がない。何事もないように、

「こんばんは……」と軽くあいさつ。

「あらー、こんばんは」と奥さんはいつもの人懐っこい感じで応えて、

「ところで、こんな時間にゴミ捨てですか?」 と訝しがる。

「え? まあ……この際、裏の建設現場へ粗大ゴミを捨ててやろうと思いまして

ね」と一郎は正直に答える。

「あ、やっぱり!」

 えっ! やっぱり、って……? どういうことだろうかと訝ったが、奥さんも玄関からカートを引っ張り出してきた。

「あたしもこの際、捨てようと思って……」

 これ生ゴミなんです、とカートに積んだレジ袋の中の一つを手に提げて、にが

笑っている。

 しかしこれは……何と心強いことだ。

 一人では、なにかと胡散臭そうに見えるが、二人だと堂々としていられる。

 いや、実際のところ褒められたことじゃないのだから堂々というわけにはいかな

いが、同士がいるのはやっぱり心強い。


 マンションを出るときには、同じような住人があと三人も現れた。

 五人集まれば、もうこそこそしなくてもいいだろう。

 一郎たちは大手を振って……といきたいところだが、ゴミを肩に担いだり背中に

背負ったり、あるいはカートやス ーツケースに入れて運んだりしているのでそうも

いかない。

「あのう~あなたは……」

「田名部です」

「ああ、そうでしたね。ところで田名部さん、深夜にスーツケースのゴロゴロとい

う音は目立ちすぎるんじゃないですか」

 5階の住人である、マンション管理組合長の鈴木が言った。

「え、やっぱり、まずいですかね。では、どうしましょう?」

「だったら私が半分持ちましょう。二人で持ち上げていけば音はしないですから」

 そう言ったのは3階の住人だった。

 この旦那は身長が180センチ、体重が100キロもあるのに、奥さんは身長

140センチ、体重40キ ロという小柄だったのでマンションでも有名な夫婦だっ

た。

 彼は左肩に段ボール箱を軽々と背負いなおすと、右手でスーツケースを軽々と提

げた。

「あ、こりゃ楽だわ!」

「田名部さん! あんたのゴミだから半分は持たなきゃ」

 マンション管理組合長の鈴木が諭した。


 マンション建設現場へは距離にして100メートルほどだった。

 一応、フェンスで立ち入りができないようにしてあったが、目立たない裏のほう

へ回ってみるとフェンス とフェンスの継ぎ目を針金で留めただけの場所があったの

で、中へはそこから易々と入れた。

 ビルの基礎部分は地下数メートルに掘り下げてあった。

「深いですね」

 誰かが言った。

「そう……深いから捨てる」

 声からすると、返事をしたのは鈴木だろう。

「コンクリ流すにしても、やっぱり少しばかり掘って埋める必要はありますね」

 一郎が言うまでもなく、みんなはそのつもりらしく田名部がスコップとツルハシ

を提げてきた。

「あそこに立てかけてありますよ」

 お隣の奥さんが田名部からスコップを受け取ろうとしたのを制して、一郎が言っ

た。

「奥さん、私があなたの分まで掘りますので、そこで見ていてください」


 一時間ほどかかって1~2メートルほどの穴を掘った。

 そこへ各々が持ち寄った不良品や粗大ゴミを投げ入れた。

 彼らのやっていることは完全な不法行為である。

 しかし、だからこそ闇にまぎれてやっているのだ。

 明日、いや、もう今日かもしれない。

 コンクリートが流し込まれれば、数十年は掘り返されることはないのだ。

 最後に全員で埋めた地面を踏みならした。


 さあ、これで完了だ!


 明日からはまた、素晴らしい独身生活が始まるのだ――。


                                   


                                  (了)









 

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