第21話 遥かなる人類の記憶

 ご先祖様は偉かった!



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 ── 日の出 ──



 朝日が昇ると、男は外へ出かけてゆく。


 見送るのは女と子供だ。


 男は少し足を引きずっているが、昨日、無理をして崖から落ちたのだ。


 女は心配そうな顔で男の背中をいつまでも眺めている。


 右手で子供の肩を抱き寄せながら……。


 子供は男の子だ。


 見送っているのに飽きたのだろう、 手でおちんちんをいじくっている。


 歩いていった男が振り返った。


「………………!」


 何か言ったようだが、女には聞こえなかった。


 女も何か言おうとしたが、言わなかった。


 男の子が木の幹にオシッコをかけているのを見て、


 女も、近くの草むらにしゃがみ込んだ。


 オシッコを終えた男の子が女のそばまで来ると、 鼻を指でつまんで小躍りした。


 女は、男の子をはり倒した。



 ── 日没 ──



 太陽はもう沈もうとしているのに、男は戻ってこなかった。


 女は、外で遊んでいる男の子を洞窟の中へ招き入れた。


 今はまだ、西日が真横から差し込んでいるので中は比較的に明るい。


 女は、入口の傍にある大石の上によじ登った。


 そこから見渡せば、草原が一望できるのだ。


 太陽を背に、黒い影がこちらに近づいてくる。


 肩には、何か大きなものをかたげている。


 それは男に違いなかった。


 女は大石から飛び降りると、思わず駆け出していた。


 草の中を、一直線に男のもとへ――。


 男も、女が走ってくるのに気がついたようだ。


 歩くスピードをぐっと速めた。


 いや、男は肩にかついだものを投げ出して全速力で走り出した。


 完全に、足の痛みなど忘れたかのように、


「あぅ! あぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 と大声で叫び声を上げ、大きく手を振りながら――。


 初めて見る男の悲壮な形相と叫び声、


 そして、大きく手を振り必死に駆けてくる姿――。


 ことの重大さに、女も気がついた。


「ぐぇっ! ぁやややややや……!」


 よりいっそう大声で叫びながら、男のもとへ急ごうとする。


 しかし、その時にはもう、1頭の猛獣の前足のツメが女の背中を捕らえていた。


 一瞬、砂煙が立ち込め、それが消えるとその猛獣が女の喉に食らいついていた。


 駆け寄ろうとする男に、2~3頭が牙を剥いて威嚇してくる。


 もう、こうなれば仕方なかった。


 男は、その場を立ち去るより他なかったのだ。



 ── 夜 ──



 男は、洞窟の入口から空を眺めていた。


 夜になると、明かりは月や星の明かりしかなかった。


 あいにく今夜は月の姿がなく、星がくっきりと見渡せた。


 男は、女のことを子供に話そうかどうしようか迷っていた。


 もし、見ていたのなら話す手間がはぶけるのだが……。


 しかし、男には子供が見ていたかどうかがわからない。


 微かな星明かりの下、男の子は大口を開けて食べるマネばかりしているのだ。


 本当であれば、男の子の手にはオオトカゲの肉が握られていたのだ。


 女を助けようとして、捨ててしまったオオトカゲが……。


 やっぱり男は、事の顛末を話してやろうと思った。


 でなければ、いつまでも食べるマネをし続けることだろう。


 男は、身振り手振りを交えて話し出した。


「あ、ぅぅあぅぅぃぇぅぁうあぁぅぁぅああいうぁあぁあぃぃぃぅぅぅぃぅぃ


あぇぇぇぉぃぃぃ……」


 夢中で話していた男だったが、いつのまにか男の子は眠っていた。


 男は、枯れ草をかけてやった。


 そうして、自分も横になった。




 明日、日が昇ればまた、食い物を探しに出なければならないのだ。


 言葉も火もなかった遥かな昔の、あなたのご先祖様のありふれた1日――。




                                  (了)  

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