第19話 ある男

 最近、理解しがたい事件が多発していますが、いったい彼らは何を見ているのでしょうか?


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 ニ、三日吹き荒れた木枯らしも治まり、日向水のような温もりに包まれた小春日


和だった。


 小さな児童公園には、子供たちが遊んでいる。


 男は、隅のブランコに腰を掛けていた。


 地面を軽く蹴るだけで、漕ぎ出そうとはしない。



「あなた、お風呂にする? それともお食事がいいかしら?」


 おさげの女の子はビニールシートに正座して、大人げに振舞う。


「……ああ、そうだね。ところで、今晩のおかずは?」


「えっと……ステーキと、チキンのから揚げと……あと、ポテトサラダ」


「じゃ、ご飯が先だ!」


 男の子は照れながら、女の子の前に座る。


 二人の間には、土の団子が五つ六つ並べてあった。



 それから……しばらくたってからのことである。


 公園に巡査が駆けつけてきた。


 べそをかく女の子を胸に抱いた女性が、ブランコの男を指さす。


「おまわりさん、あいつです!」


 さっきまで遊んでいた子供たちは、それぞれの母親に抱きかかえられたり、ある


いは 背中に隠れて、恐るおそる覗いている。


「ん……あなたですか? あなたここで何をしているのですか?」


 駆けつけた若い巡査は、自分よりは相当年配らしい男の身なりを見て言葉遣いに


躊躇した。


 なぜなら男はどうみても普通の会社員であり、紺の背広に紺のコートを身に着け


ている。


 そうして彼は、ただ、ブランコに腰掛けているだけであるのだから。



「はぁ……私、ですか……」と、俯いていた男は顔を上げる。


「そうです。あなたです!」


「私は何もしておりません。こうしてブランコに座って考え事をしているだけで


す」


「あなた、女の子を突き飛ばしたのではないですか?」


「えっ……」


 男は、ゆっくりと立ち上がった。


「女の子のお母さんから、警察のほうへ電話があったんです」


「そうですか……。でも、お願いです。見逃してください!」


「突き飛ばしたことは認めるのですね」


「す、すみません! 見逃してください――気がついたときは突き飛ばしたあと


だったんです……」


「見逃すわけには行きませんが、とにかく事情を聞かせてください。本官といっ


しょに交番までご足労願えますか」


 巡査が、両手を合わせて懇願する男の側面に回り込もうとすると、


「すみません。謝りますから刑務所には入れないでください!」


 語調を強めた男は、巡査に向かって土下座した。


「お願いです。私には三歳の子供がいるのです。そして妻は……妻は、若い男と一


緒に家を出て行きました……」


「まあ、とにかく派出所まで――」


 巡査が立ち上がるよううながすと、突然、男の態度が変わった。


「冗談じゃない! これからまだ仕事を探しにいかなければならんのです。どうか


見逃してください! お願いです! 子供は、今朝から何も食べずに私の帰りを


待っているのです!」


 男は必死に訴えてくる。


「だから、その辺の事情を派出所で聞こうというのですよ」


「許してください、お願いです! 盗ったものは返しますから。これがステーキ、


そしてチキンのから揚げ、ポテトサラダ……」


 男はコートのポケットに手をつっこんで、中から土くれを取り出しては地面の上


に並べた。



 しかし、湿気の失せた土の塊は、もう元の形には戻らなかった。      




                                  (了) 

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