第17話 空を飛んだ?
TOKIO 沢田研二
空を飛ぶ 町が飛ぶ
雲を突きぬけ 星になる
……… ………
……… ………
……… ………
TOKIO TOKIOが空を飛ぶ
作詞 糸井重里
作曲 加瀬邦彦
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空は……重い雲で閉ざされている。
風は……唸りを上げて吹きつけてくる。
体は……かじかむほどに凍てついている。
足元は……海に向かって絶壁である。
背後には……白い灯台が建っている。
時雄は……新潟の越後七浦の北端にある角田岬にやってきた。
天気がよければ前方、はるかの海上に佐渡島が望めるのだ。
いくら時化(しけ)はじめたからといっても、18万カンデラの光度を持つ灯台
が19海里(35キロ)四方を照らすのにはまだ時間があった。
時雄は、背広の内ポケットから手紙を取り出した。
「ごめんなさい。あなたは優しすぎるのよ……」
なんというお別れの言葉だろう!
「わたしなんかよりも、もっと素敵な人をみつけてね!」
バカにするな!
そんな手紙は、あらためて読む気にはならなかった。
細かくばらばらにちぎって、放り投げた。
断片になった手紙は、海風に舞いながら散らばっていく。
「さて……」
時雄は大きく息を吸い込んだ。
両手を頭上でVの字に拡げると、心持ち膝を曲げた。
次の瞬間――
時雄は、敢然と断崖から身を投じた。
彼は思った。
死ぬことは難しくない。
難しいのは生きることだ。
時雄の脳裡に、20年の記憶が走馬灯のように映し出される。
幼稚園で佳代ちゃんという女の子に泣かされたこと。
小学校の運動会では、フォークダンスがうまく踊れなかったこと。
中学生になり、好きだった子に告白してもののみごとにふられてしまったこと。
高校では、いつの間にか使い走りにされていて、クラスの女の子にバカにされた
こと。
もう、女なんて必要ないと思っていたのに……。
智子……。
彼女だけは違っていた。
就職した印刷会社の同期だった。
時雄は彼女と初めて結ばれた。
もう、彼女しかいないと決心した。
ところが横合いからちょっかいを出したのは、上司の澤山だった。
遊びなれた澤山には、時雄にない魅力があった。
いつの間にか智子は妻子ある澤山と不倫関係になり、お別れの挨拶があの手紙
だった。
おれはただ、智子と一緒にいるだけで幸せだったんだ。
彼女のいない生活なんて……。
「おや?」
時雄は思った。
まだ海に落ちていないじゃないか。
過去を振り返ったのは、ほんの一、ニ秒のことだろうに……。
時雄は目をつぶっていることに気がついた。
ゆっくり開けてみると、はるか下方に青い海と白い波頭に洗われる角田岬が見渡
せる。
止まることなく、体がどんどん上昇していく。
きらきらと白く輝くのは、細切れの手紙だった。
いつの間にか視界が白くぼやけて、それが晴れると雲の上に出ていた。
時雄は眩しさに目を閉じた。
同時に、すっーと意識が遠のいていった。
翌日、時雄の遺体が海岸で発見された。
しかし、不思議なことに、彼は赤泊の徳和浜で発見されている。
徳和浜というのは、佐渡島の海岸線にあるのである。
角田岬からは30キロはあるだろう。
流れ着いたとも考えられるが、彼の死体には濡れた形跡はまったくなかった。
(了)
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