第16話 ケサオにコーンスープとフィレオフィッシュ
───ケサオにコーンスープとフィレオフィッシュ───
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眼を醒ましたのは、午後の2時過ぎ。
だって、今日は文化の日で学校お休みだし、日曜日までは三連休……。
でも、あたしはツレの晴美と違って彼氏がいない!
だから、休みだからってTDLなんていけないの……。
とりあえずは洗面を済ましてキッチンに入ると、テーブルの上にはマクドナルド
のハンバーガー。
「朋ちゃん、お昼それで我慢してよね」
と、襖を開けてお姉さんが言う。
「まあね……。でも、あんたお化粧なんかしてどこか行くの?」
本当は、「おかあさん」って言わなけりゃならないのだろうけど、 あたしにとっ
ては、七つ違いのお姉さんだ。
「ケサオがさぁ。あんなんだからさ、ちょっと日銭稼いでくるわ。月曜日に入金す
るんだって……」
言いながら、お姉さんはドレッサーに背中を映す。
ああ、それで濃いめの化粧しているんだ。
香水だってシャネルだし、きっとスーツもそうなんだろう。
相棒はもう来ているのだろうか?
ベランダへ出て下を覗くと、角の空き地に白いクーペが停まっている。
最初は、浮気の相手だろうかと思ったけれど、 あの十代の男の子がお姉さんの相
棒なんだって……。
つまり、お姉さんを仕事場へ送り届け、そしてそこから連れ帰る。
遠めに見ただけだけど、ちょっとあたしの好みなんだ。
仕事なんか休んで、あたしをドライブに誘ってくれないかしら……。
「あんたさぁ、まだ仕度出来ないの? 彼氏、待ってるわよ。なんならあたしが代
わりに行こうか?」
無意識に口から出たけど、半分以上は本気かも……。
「子供の癖に、何バカ言ってんのよ! じゃ、行ってくるね。それから、ケサオが
起きたらコーンスープお願いね! それとフィレオフィッシュ……」
ケサオにコーンスープとフィレオフィッシュ、か――。
ケサオとは、あたしの父である。
仕事らしい仕事もせずにいつも家にいるぐうたらだ。
誰かに仕事のことを尋ねられると、
「あまり言いたくはないのですが……一応、殺し屋なんですよ」
などと、面白くもないことを言ってはにが笑っている。
「はぁ……?」
と、たいていの人は呆れるが、おかまいなしに
「いや、すみません。嘘です! 実は詩人なんですよ」
ああ、困ったものだ!
あたしは、実のかあちゃんのことは覚えてないけど、
「あたしのかあちゃんはどうしたの?」
と父に訊けば、必ず、
「かあちゃんは風呂へ行ったんだよ。しっかし、長風呂だな~」
などと、10年以上前から言っている。
本当は、親戚の伯母さんに教えてもらって知っているんだ。
「朋ちゃんのおかあさんは、男の人を追いかけてニューヨークへ行ったのさ」
それからなのかな?……生活が破滅へ向かいだしたのは――。
パチンコで家一軒分負けて、競馬でまた家一軒分負けて……
そして、現在は株で家一軒分負けそうだとか……。
昨日から、父は部屋を一歩も出てこない。
電気もつけず、カーテンさえ開けない部屋は真っ暗で、パソコンだけが青い光を
放っている。
あたしには何のことだかわからないが、パソコンの画面には次のようなことが書
いてあった。
──追加保証金の差入れが必要になる恐れがございますので十分ご注意下さい──
父は、そればかりを眺めている。
あたしがコーンスープを持っていっても、ただじっとそれを眺めている。
(了)
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