第14話 嘘


  ───不甲斐ない夫と、その女房───



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 いいえ、深く反省しております。


 自分の駄目さ加減にほとほと嫌気がさして消え入りたい気分でございます。


 おかげさまでなんとかやっております。


 金の算段は、とりあえず解決しましたので……。




 とどのつまりは妹です。


 情けない兄ですが、それでも同じ親から生まれた兄妹です。


 見捨てるわけにもいかないのでしょう。




 女房は……。


 女房は隣の部屋で寝ております。


 いいえ、病気じゃありません。


 安心したのでしょう。


 それで、張っていた気が一気に緩んで、私の腕の中へ崩れ落ちたのですか


ら……。




 おかげさまで客はとらずじまいでした。


 女房にしたところで本気ではないのですから当たり前です。


 ただ、私への面当てなんです。


 そういう女なんです。


 直接、面と向かって不満をぶつけたり出来ないかわいそうな女なんです。




 私は、とりあえずホテル街を探しました。


 そこで立っていれば客が引けると言ったのは私ですから。




 女房は街灯の明かりの届かないビル陰の、植え込みの中で膝を抱えてしゃがんで


いました。


 客を引くというよりは、客に見つけられないように隠れているようでした。




「ごめん。わるかった」


 余計縮こまるのは、私だと知っているからでしょう、顔も上げません。


「さ、帰ろう」


 腕を引っ張っても立ち上がろうとはしません。


「もう。いいんだってば!」


 言えば言うほど、すねて背中を見せます。


「あのさあ、原稿が……売れたんだよ!」


 まったく意外だったのでしょう、彼女は顔を上げました。


 私はすばやく封筒の金を彼女に握らせました。


「少なくとも一年間は毎月金が入ってくるんだ」


 薄闇の中でも、彼女の表情が変わったのがわかりました。




 ほんの小一時間のあいだに体験した彼女の不安と恐怖は想像に難くありません。


 少なくとも女房は、私以外の男は知らないのですから。




 だから、嘘でもいいのです。


 もちろん金は妹から借りた金でした。




 それを知ってか知らずか、立ち上がった女房は我が腕の中にすとんと崩れ落ちた


のでした。


 女房にとっては、私の不甲斐なさを言っているのでしょうが、


 いずれにしろ急場はしのげたのでした。




 ほんとうに嘘でもいいのです。


 もう、嘘でしか生きられません。


 私たち夫婦には、もう現実はいらないのです。


 きょう、嘘で生きられれば、それでいいのです。




 なんですか?


 反省してないって?




 おっしゃる通りかもしれません。


 心では……心の中では反省するんですが、それから先ができないんです。




 女房も、わかっていると思います。


 いえ、わかっているんです。


 だから、私の嘘を聞いてくれるのです。


 それでいいじゃないですか……。




 あす、私はまた嘘をつきます。


 そして女房は、その嘘に、きっと応えてくれることでしょう。


                                      

                             (了)


      

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