第11話 ツトムくん

 ───子供が読んではいけない童話です!───


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 幼稚園から帰ったツトムくんは公園の砂場でひとり遊んでいました。

 ときどき北風が枯葉を転がしながら吹きつけてきますが寒くなんかありません。

 だってアパートではおかあさんが一生懸命内職をしているのです。

 その邪魔にならないように外で遊ぶのですから苦になんかならないのです。

 それにツトムくんは砂場で遊ぶのが大好きでした。

 というのも砂の中には宝物が埋まっているからです。

 昨日までにビー玉2個と単三電池3本、ロウ石1個に福助のキーホルダー1個を見つけました。


 さて今日は何が見つかるのだろうか……。


「あっ! カリントウ見っけ――」


 黒くねじれたお菓子が白い砂をかぶっていました。

 さっそくツトムくんは手にとって砂を払いました。

 ふっ! ふっ! と息を吹きつけてもみましたが、 間近で見ると、それはカリントウではなくどうやら犬のクソのようでした。

 念のため、鼻に近づけ臭いを嗅いでみたのですが、やっぱり犬のクソのようでした。

 でも、もしかして……と思ってかじってみたのですが、ほぼ犬のクソのようでした。


「でへっ! ガルルゥ~~~」


 ためしにもう一度臭いを嗅いでみましたが、グエッ……やっぱりそれはまぎれもなく犬のクソでした。

 砂場からは、そのほかにも干からびたミミズやスズメなどの死骸が出てきました。


「こっち、掘ってみよう!」


 ツトムくんは場所をかえました。


「やったー! ビー玉だ! 二つもあるぞ!」


 ビー玉の発見に喜んで掘り返してみると、それは仔猫の頭でした。

 もちろん、ビー玉と思ったのは目玉でしたが、不思議なことに、 そのまわりを掘ってみても胴体はありませんでした。

 でも、そんなことはツトムくんには関係のないことでした。


「う~ん。あと二つ掘ってみようか……どうしよう」


 砂場は正方形なので角がA,B,C,Dと四つあるのです。

 ツトムくんはAとBを掘ったので、残りはCとDです。


 かんじんの真ん中があるだろう? って言われても、真ん中は掘り起こした砂でピラミッド状態になっているので掘らないのでした。


「おかあさんの内職はまだ終わってないだろうな~」


 ふと呟いたツトムくんは公園の砂場に立ってアパートのある方角を眺めました。

 内職が終わってれば帰ってもいいのですが、まだの場合はひどく叱られます。

 一度まだの時に帰って――ツトムくんは一週間寝込みました。

 前歯が二本欠けているのも、左足の関節が曲がりにくいのも、その時に叱られたからでした。


 まあ、あと30分も遊んでれば内職は終わっているでしょう。

 ツトムくんはCの角までいって左足を投げ出して座り込むと素手で砂を掘り返しました。

 するとすぐに黒い糸の塊というか、束というか、妙なものが出てきました。

 どうやら黒い糸はボールのような丸いものから出ているようでした。

 ツトムくんがどんどんかまわず掘っていると、急にどこからともなく、


「ダメダメ」


 と言う声が聞こえてきました。


「だれ? 今の声は……」


 顔を上げてまわりを見ても誰もいません。

 そうして、何がダメダメなのかもわかりません。

 だからツトムくんは少し離れたところを掘ってみました。


 すると今度は自分でも「ダメダメ」という気がしてきて、掘り出したものをまた埋めてしまいました。


 出てきたのは赤いクツで(さち)と名前が書いてありました。

 でも、さっちゃんは三日前から幼稚園を休んでいます。


 おかあさんは「ツトム、お前だったらよかったのに――」

 と言いますが、何がよいのかツトムくんにはわかりません。

 でも、ツトムくんにも理解できることがあります。


「アホは見ぃる~ブタのケ~ツ~」などと言ってはツトムくんをからかう、医者の一人娘のさっちゃんにはもういじめられない、ってことを……。


 ツトムくんは高鳴る鼓動を抑えてCの角をきれいに埋め戻しました。

 そうして今度は残るDの角を掘り始めました。

 すると……やっぱり宝物が出てきたのでした。


「やったー!」


 ツトムくんが見つけた宝物とは『お金』でした。

 それも五百円硬貨一枚というサプライズ!


 さっそく掌に握りしめると「ガルルゥ~!」。

 ひと声雄叫びを上げてから公園を後にしました。



 お金さえあれば世の中どうにでもなるということは、近頃幼稚園児だって知っているのです。

 だからツトムくんにとってのお宝とはお金のほかにありませんでした。

 お金さえあれば、おかあさんは内職をしなくてすみますし、幼稚園の費用だって踏み倒さなくてもいいのですから――。


 しかし、ツトムくんはネコババなどはけっしてしません。

 これからいつもの交番へ、この五百円を届けに行くのです。


 お巡りさんはいつもやさしくて、


「なんだよ~! またお前か……で、今度はいくらだ? 一円か? それとも十円か?」


 などと言っては手続きをしてくれるのです。

 そうして何ヶ月か経つと連絡が来て、お金はツトムくんのものになるのでした。


「あでっ!」


 交番への道筋で、突然ツトムくんは立ち止まってしまいました。

 というのも地面にゴザを敷いて、お乞食さんが座っていたからです。

 この冬の寒い風をダンボール一枚で防ぎながらひたすらじっと座っています。

 ツトムくんは掌を開いて五百円硬貨を見ました。

 そしてそれを差し出しました。


「あげる!」


「うん、うん。いいから、さあ、あっちへ行きな」


 お乞食さんは小声で言いました。


「ぼく、金持ちンコだから……」


「ありがとよ。でも、いいから、あっちへ行きな。お前とは遊んでられないんだ」


 お乞食さんは横を向いてしまいました。


「これで服買うといいよ……」


「ハハハハ……。そんなら尚のこと受け取れないな。おれはまだボロでも身に着けているが、お前は裸じゃないか――」


 お乞食さんは腹を抱えて笑いました。


 そうですツトムくんは上半身裸でした。

 かよっている幼稚園が季節を問わず裸でとおす教育方針だったからです。


「ぼく寒くないもん。だからこれで服を買ってよ……」


「だったら、それでお菓子でも買いな。そこに立ってられちゃ商売の邪魔なんだよ――」


 お金あげる、どけ、あげるって、邪魔だ、服買いなよ、うせろ、買えって、殺すぞ、……と言い争っていると、


「おいおい、小さなガキを相手に大人げないじゃないか――」


 足首まであるロングコートを着た男が首に巻いた風呂敷を風にひるがえしながら、右足に下駄、左足に女物のサンダルという妖しげな恰好で、カラン、ペタン、カラン、ペタンと妙な足音を立てながら近づいてきました。


「この場は、おれにまかせな! まず、お前。五百円受け取れ。そうすれば、お前には今日の稼ぎとなり、このガキのメンツも立つというものだ。そこで、おれがガキにご褒美として五百円をあげるんだ。ほーら、みろ。『三方五百円損』という大岡裁きだ。はっはっはっ……」


 見るからに髪の毛が鶏冠とさかのようなこの男、おそらく『三方一両損』のつもりなのだろうが、よーく考えてみると、お乞食さんは五百円の得で、ツトムくんはプラスマイナス0のイーブンで、男だけが五百円の損、そのことに気づかない……ああ、阿呆である。


 何を思ったのか鶏冠の男はロングコートをひるがえすなり「ちゃー!」とお笑い芸人のギャグを叫んで急いで腰を引き、


「いや~、どうやら財布を忘れたというか……財布の入った上着を着忘れてしまった……」


 そう言い訳しながら、しばらくの間コートのポケットをまさぐっていましたが、


「いやー、よかった。バス代の小銭が五百円ある。ささ、これを受け取れぃ」


 百円玉やら十円玉やらをツトムくんに握らせると、両手をロングコートのポケットに忍ばせ、カラン、ペタン、カラン、ペタン、……、カラン、ペタン、と走り去ってしまいました。途中のドテン……というのはこけたのでした。


「なんだい、ありゃ?」


 お乞食さんは首を傾げました。


「おチンチン見えた……」


 と、ツトムくん。


 でも、とりあえずこれでツトムくんも気がすみました。

 だからお金を交番へ届けに行きます。

 そうしてアパートへ帰った頃には、きっとおかあさんの内職も終わっていることでしょう。


「今日はどこのおじさんが内職を持ってきてくれたのかな……」


 たしか昨日は、


 ――園長先生だった!――


「ははは! ツトムくん。そう、裸で過ごすのが我が幼稚園の教育方針なのだからね……」


「でも、幼稚園は上だけ裸でパンツは脱いじゃダメだよ、園長先生!」


 すると、おかあさんが怒ったのでした――。


「ツトム、わかってるでしょう! 今日のことは誰にも言っちゃダメだからね。でないと――」


 もちろん、ツトムくんは誰にも言いません。


 幼稚園児だって命は惜しいのですから――。




                               (了)

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