第10話 ウッディーカンパニー

2007年の6月頃だったろうか。


 積極的にM&Aを仕掛けるスティールの代表であるリヒテンシュタイン氏が、我々の前に姿を現せた。 そうして記者会見の席で彼は、「日本人を啓蒙する」……と言った。


「け、け、け、啓蒙?」


 簡単に言えば、われわれ猿に……じゃない日本人に、正しい知識を与え、合理的な判断ができるように教育する、というのである。


 テレビでそのニュースを見ていた私は、一瞬で幕末の浦賀の漁師になってしまった。


「赤鬼が何しにきたんだ?」


 私には、彼がペリーに見えたのである……。


 そんなこんなでバカ話です。


 あちらがスティール(鉄)なら、こちらはウッド(木)でいきましょうかね。


*************************************



「ワッツ!……オモイ ダセナイ?」  


 都心の高層ビルの一室、絶好のロケーションを背に、大柄な白人の男がひとり大げさな身振り手振りで悩んでいる。


「ボス、どうされました?」  


 入口のデスクからすっくと立ち上がった女が、背筋をピンと伸ばした姿勢でスタスタと歩いてくる。


「アノ……グラスノ オトコハ タレダッタノカ オモイ ダセナイ……」


「眼鏡をかけている社員ですか? だったら奥林さんあたりかもしれませんね」


 女は、そう言いながら、男のかけている革張りの椅子の幅広の肘掛に腰を下ろす。 そうして上半身を椅子に座る男に預けるように覆いかぶさりながら、しかし自分の体重は、しっかりと背もたれの上に肘で支える。


 二人は、ただの社長と秘書の関係ではなさそうにみえるのだが、 しかし、この女……とにかくいい女である!


 色の白いところからすると新潟出身か、それも絶品の新潟美人だ。

 黒いスーツの下のシルクのブラウスは、いつもボタンを二つ外してある。

 膝上10センチのタイトなスカートに包まれた……


 止めておこう! 話が進まないや――。では、会話体でいくとしよう。


「オクバヤシ……? ノー、ソイツノ セキハ?」


「奥の窓際です」


「チガウ、モット ドアノ ニアサイドニ イルヤツダ」


「では、近林さんかもしれません」


「ソイツ セ タカイカ?」


「わたくしと同じくらいですから、日本人男性としては標準くらいかと思いますが……」


「オレノイウ ヤツ シットダウンノトキ セ タカイ バット スタンドアップ チンチクリン」


「日本人はだいたい胴長短足ですから……となると、小林さんでも大林さんでもないですよね」


「ソイツ、 ニューハウス ビルドシタ ラシイ」


「最近、お家を新築されたのは里林さんですが」


「オオ ソイツカモ シレナイ! ナマイキニ トナイニ イッコダテ――」


「いいえ、奥多摩に1DKのログハウスです」


「ジャ ソレモ ノーダ!」


「難しいですね。眼鏡をかけていて、座高の高いチンチクリンで、都内に新築ですよね……」


「スコシ シャイン ヤトイスギタナ ネクストマンス ハンブン リストラ シヨウ」


「そうだわ! 外林さんかもしれません、営業の――」


「オオ ジャスト モーメント……オモイダシタ ソトバヤシ カミノケ ブラック フサフサネ」


「いいえ、つるっぱげです。外回りで、紫外線と酸性雨に侵されて今はツルテンピーカーです。あと、営業部で眼鏡、胴長短足、都内に新築、髪の毛黒くてふさふさという条件に該当しそうなのは、主林さんか、……平林さんもそうかもしれませんね。多少髪に白いのは混じりますけれど」


「オオ、オモバヤシ ト ヒラバヤシ――。 オッケー! ソノナカニイルゾ! ウエイト ウエイト……フフフ ソウダ! エイギョウノ ジェネラル マネージャーノ ホウダ」


「では違いますね。主林さんは営業主任ですが平林さんは平社員です。残念でした」


「ダッタラ ジェネラル マネージャーハ ナント イウナノ ヤツナンダ!!!!!」


「殿林、部長ですが……」


「ソイツ イバッテイルカ?」


「はい。いつも威張ってばかりいると聞きますが」


「ジャストミート! タブン ソイツニ マチガイ ナイ……」


「ではPCで確認してみましょう。――ご覧ください!」


「オオ コイツダ! マチガイナイ! オモイダシタ コノ フェイス――。シカシ ナゼ ジャパニーズハ セイムナ ネーム バカリナノダ?」


「それは……我が社が『ウッディーカンパニー』だからではないでしょうか――つまり買収される前は創業者の林昭二氏の『林商事(株)』で、名前に林がつくひとを積極的に社員として雇ったからです」


「ウーン ナイス ジョーク! サセバヤシ クン――」


「ボスったら、イヤだぁー! サセバヤシだなんて……また忘れてしまったんですね。わたくしは、御満田林(おまんたばやし)です! 御満田林 紗世子(おまんたばやし×せこ)です」


「オオ! ソーリー……。オマンタバヤシ! オマンタバヤシサセコ ダッタ ゴメン! ゴメン!」


「もう、ボスったら忘れないでくださいね!『おまんた囃子』のお祭りのある、新潟にはよくある名前なんですから……」


「オー イエス。……バット ユーハ ダイジョウブ? ミーノ ネーム ホーゲットシテナイ?」


「何を言ってるんですか! もちろん忘れるわけありません、イヤンサノバビッチ・ニコタマン社長。ところで話を戻しますが、殿林部長が……どういったことなのでしょうか」


「オオ ソウダッタ! ヤツトハ ラストウィーク ランチ イッタ。 ソノトキ ヤツ ノーマネー ビコウズ テンハンドレッドイェン カシタンダ! ソレ マダ カエシテモラッテナイ――」


「ボスったら、もう~。日本では、上司が払えばそれはおごりになるんですよ」


「オー ノウ! バカゲテイル! ワタシ コノカンパニーノトップ ファイブサウザンドメンノ メシダイ ハライタクナイ!」


「何おっしゃってるんですか、ニコタマン社長! 8億5千万円も報酬もらっているくせに――」


「デハ アスク ユウ ダ……ミス オマンタバヤシ。ミーガ メシ オゴッテ ヤツラ イッタイナニシテクレル?」


「会社のために一生懸命働いてくれます。日本の企業とはそういうものなんですよ。自分のために、家族のために……ばかりでなく、上司や、社長のために働こうって思うのですよ。同僚と一緒にお昼食べていて、どこにいたのか上司が現れて、『ゆっくりしておいで……』って言いながらお勘定書きもって一緒に払ってくれたりすると、『さぁ、午後からは頑張るぞ!』って気持ちになりますもの……」


「スイート! アマスギル! ソレコソ マネー ムダ! メシ ゴチソウナラ ベッドインダ!」


「まあ、なんて外人は傲慢んなんでしょう! もう、食事に誘われたってご一緒しませんから!」


「オー ベリー ソーリー! ノノノノノ……ユーハ チガウ!」


「でも、いま本心を聞きましたから。ご馳走したらベッドインだって――」




 そこへ、内線がかかってくる。


 女は、椅子の肘掛から下りると、


「はい、社長室です。はい、しばらく、お待ちください。ボス、お電話です」


「フー!」


「れいの殿林部長からです……」


 受話器を手渡して、ふと視線がとまる。


 大きなローズウッドの卓上に開かれたノートパソコン――その横に投げ出してあるICカ ード。


 秘書の御満田林紗世子はその社長専用のカードをPCへ、そして、シークレットを解 除した。


 モニターには殿林のトルソー、経歴、趣味、特技……


 そして解除されたシークレット項目には、こうあった。


『彼は男色なり』


 社長の話す内容からすると、先週のお礼にと殿林が社長をディナーに誘っているらし い。


 さーて、面白くなって来ましたが、このあとは読者の想像力におかまします、じゃなくて、おまかせします……でした。


                                  (了)  

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