第4話 仔犬

 実際、見たような気がするし、この類のことは新聞にもたびたび取り上げられている。世界では、もっと残酷なことに、犬の代わりに人間の子供であったりする。


 やめてもらいたね!  


 ──いえ、すみません。

 きつく言ったことはあやまります。

 ごめんなさい。


 でも、それはいけないことですから……「やめてください!」


*************************************


「こらっ! お前ら、なにさらすんじゃ!」

 戻ってきた男は、少年たちを追い払った。

「へーんだ! ホームレスが犬なんか飼うなよなぁ、ぼけ!」

「そうだ、犬に食わす前に、自分の食うことの心配をしろ!」

「片目の犬なんか気持ちが悪いんだ!」

 捨て台詞を残して、少年たちは行ってしまった。


 ここは橋の下である。

 鉄の橋脚とコンクリートの土台の隙間が、男の寝床であった。

 それで充分に雨露はしのげた。


 ホームレスの男には、市の用意した宿泊施設よりはよっぽどましだと思われた。

 四畳半に二段ベッドが二つの、どこにプライバシーがあるというのか……。

 おまけに施設に入れば、半ば強制的に仕事に就かされることになる。


 そうして半年後には、自立という詭弁のもとに追い出されてしまうのである。

 ホームレスがホームレスであることの意義とは、誰からも束縛されることのない自由にこそあるというのに……これじゃあ行政のおもちゃじゃないか──。


 男は三ヶ月前から、その仔犬と橋の下で暮らしていたのだ。

「シロ……かわいそうになぁ。ちゃんと供養してやるからな、シロ……」

 男は、土手に穴を掘ってそこにシロの亡骸を埋めた。


 翌日から男は街中を彷徨った。


「あいつらがシロを殺すもんだから……」

 はやく、シロに代わる犬を見つけなければならない。


 雑種? もちろん雑種の方がよい。なんといってもホームレスである。

 大型? いや、小型犬の方がかわいいし、餌も少なくて済む。


 数日が経って、

「おじさん……これ……」

 と、一人の少年が仔犬を抱いて現れた。


「なんだ? おや、たしかお前はあの時の……」

「ごめん、悪かったよ。ボクはとめたんだけど……」

「そうか。それでその仔犬は?」

「家で飼ってる花子が産んだんだ。おじさん、よかったら貰ってくれよ」

「ああ、わかった。わしが飼うことにする」


 翌日から、寺の門前にはかつてのように男の姿があった。

 彼は敷かれたゴザの上で、前に置かれた空箱の番をしていた。

 すでに空箱には、見せ金がまかれている。

 男の傍らには、仔犬が震えて横たわっている。


 痛々しいのは前足が一本、途中から無いからか……。

 巻きつけられた白いガーゼは赤く染まっている。


 そうしてそばのダンボール紙にはマジックで字が書いてある。


 念のため、書かれた文字を読んでみようか。


 (この仔犬は車に轢かれたかわいそうな仔犬です。


   すこしで結構です。治療費を援助してください!)


                                           


                              (了)

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