第4話 仔犬
実際、見たような気がするし、この類のことは新聞にもたびたび取り上げられている。世界では、もっと残酷なことに、犬の代わりに人間の子供であったりする。
やめてもらいたね!
──いえ、すみません。
きつく言ったことはあやまります。
ごめんなさい。
でも、それはいけないことですから……「やめてください!」
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「こらっ! お前ら、なにさらすんじゃ!」
戻ってきた男は、少年たちを追い払った。
「へーんだ! ホームレスが犬なんか飼うなよなぁ、ぼけ!」
「そうだ、犬に食わす前に、自分の食うことの心配をしろ!」
「片目の犬なんか気持ちが悪いんだ!」
捨て台詞を残して、少年たちは行ってしまった。
ここは橋の下である。
鉄の橋脚とコンクリートの土台の隙間が、男の寝床であった。
それで充分に雨露はしのげた。
ホームレスの男には、市の用意した宿泊施設よりはよっぽどましだと思われた。
四畳半に二段ベッドが二つの、どこにプライバシーがあるというのか……。
おまけに施設に入れば、半ば強制的に仕事に就かされることになる。
そうして半年後には、自立という詭弁のもとに追い出されてしまうのである。
ホームレスがホームレスであることの意義とは、誰からも束縛されることのない自由にこそあるというのに……これじゃあ行政のおもちゃじゃないか──。
男は三ヶ月前から、その仔犬と橋の下で暮らしていたのだ。
「シロ……かわいそうになぁ。ちゃんと供養してやるからな、シロ……」
男は、土手に穴を掘ってそこにシロの亡骸を埋めた。
翌日から男は街中を彷徨った。
「あいつらがシロを殺すもんだから……」
はやく、シロに代わる犬を見つけなければならない。
雑種? もちろん雑種の方がよい。なんといってもホームレスである。
大型? いや、小型犬の方がかわいいし、餌も少なくて済む。
数日が経って、
「おじさん……これ……」
と、一人の少年が仔犬を抱いて現れた。
「なんだ? おや、たしかお前はあの時の……」
「ごめん、悪かったよ。ボクはとめたんだけど……」
「そうか。それでその仔犬は?」
「家で飼ってる花子が産んだんだ。おじさん、よかったら貰ってくれよ」
「ああ、わかった。わしが飼うことにする」
翌日から、寺の門前にはかつてのように男の姿があった。
彼は敷かれたゴザの上で、前に置かれた空箱の番をしていた。
すでに空箱には、見せ金がまかれている。
男の傍らには、仔犬が震えて横たわっている。
痛々しいのは前足が一本、途中から無いからか……。
巻きつけられた白いガーゼは赤く染まっている。
そうしてそばのダンボール紙にはマジックで字が書いてある。
念のため、書かれた文字を読んでみようか。
(この仔犬は車に轢かれたかわいそうな仔犬です。
すこしで結構です。治療費を援助してください!)
(了)
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