第41話 リスキーウォーキング

 道を歩いている。

 関所は、もうすぐそこだ。見張り台と石の壁が、うっすら見えてきた。

 草原には野うさぎが駆けている。道端の花には、蝶が舞っている。俺の隣にはパトラッシュが、クティを乗せている。

 俺は龍老人の杖を握って、歩いている。


 カーバンクルの少女、ハーナは元気だろうか。

 スタミナが切れるまでやたら氷の魔法を使いまくっていたのが、今となっては面白い。


 ハンの町はどうなっただろうか。

 魔物の襲撃で壊された壁や家々は、今頃修復作業の真っ最中かもしれない。あの時戦っていた、【エレメンタリスト】の少女――名前は忘れてしまったが、彼女は、生きているだろうか。


 温泉宿は、相変わらず繁盛しているだろうか。

 龍老人は今頃、妖精の入浴姿を前に鼻の下を伸ばしているのだろうか。変態老人め。とはいえ、それを抜きにすれば、またあの町にはまた行きたいものだ。結局、温泉饅頭も、温泉卵も食べ損ねてしまった。


 この世界に来てから、何日くらい経ったのか覚えていない。

 長いようでもあり、短いようでもあった。

 振り返ってみれば、いつも死にそうな目にあっていた気がする。それなのに、今こうして生きているのは、不思議な気分だ。


 もうじき俺はこの地を出るだろう。

 ルノアルド公の領地――旧バザック領。俺を【ウィザード】にしてくれた神的存在のウルドは、自分の誕生させた【ウィザード】が皆、旧ザバック領を出られずに死んだと嘆いていた。

 ウルドが【ウィザード】にした99人は、いつ、どのように死んでいったのだろうか。そしてその中で俺だけが、なぜ生き残ったのか――。


 門の前までやってきた。

 門番が俺たちを調べる。クティが、カール王子の書状を見せ、門番に説明する。

 やがて――門が開いた。


 俺たちは、門を抜けた。


(『ウルドの呪い』が解け、アイテム『ウルドの腕輪』を獲得しました)


 腕時計二巻きほどの太さの腕輪が、光とともに左の手首に現出した。

 セピア色の金属の腕輪だが、金属にしてはとても軽かった。

 俺は腕輪から視線を外し、前方の景色を見渡した。


 草原。

 広がる緑、青い空、遠くの山脈には雲がかかっているのが見える。


「ついに来ましたね」

「来ちゃったなぁ……」

「どこに行きましょうか。地図によると近くには二つの村が――」

「とりあえず――」

「はい」

「お昼にしよう。もうすぐ川にあたる」

「はい!」


 どの村に行くかはそれから決めよう。

 今は、冷たいのが気持ちいい川原で、クティの作ってくれたサンドイッチを頬張るのが優先だ。


「グリムさん、あれは……、何でしょうか?」


 クティが遠くを見て指さす。

 あぁ、あれは――。


 ピクニックのつもりが、どうにも俺は、行く先行く先で危険にぶち当たる。

 歩かなければいいのかもしれないが、とりあえず今は、歩いてゆくしかない。

 別に冒険がしたいわけじゃない。自分で危険に飛び込んでいくなんて、馬鹿じゃないかと思う。危険を冒すとか、どうかしていると思う。


 それでも、危険はやってくる。

 どうしてそうなるのか、全くわからない。


「クティ、そこを動かないように」

「え、何ですか?」

「魔物みたいだ。大きい、狼的なやつ」

「ええっ!」


 逃げられるものなら逃げたいが、そうもゆかない事情がある。

 もうちょっとだけ、俺の危険な旅は続くらしい。


 俺は、左手を掲げた。


 黒い炎が左手に宿る。


 狼が遠吠えを上げた。

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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~ @tyanomi

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