第39話 ネクロマンサーとの戦い

 ジャンヌの切り落とした、腐敗した四肢が絨毯の上に転がっている。

 体の一部分を失ったゾンビたちは、創造主であるレイバンの『コープスヒール』によって肉体を修復され、再び、三たび、立ち上がる。

 生臭い匂いが部屋に充満し、吐きそうになる。


 レイバンは笑っている。

 蘇らせ、体も心も支配した元青鷲親衛隊の四騎士と、そしてトーバス王子を前に置き、自分を守らせている。


 カール王子の従者は、戦闘になるやすぐに控えの間から駆けつけてきたが、多勢に無勢。【アサシン】というすごそうなクラスの老執事も、防戦一方で攻撃に転じることができない。


 ジャンヌも、ゴーレムと巨人のゾンビ、そして人や獣のゾンビを同時に相手にしているために、レイバンの懐に攻め入ることができないでいる。


 そして俺は――赤いオーラを放つスケルトンと人や犬のゾンビに囲まれていた。こいつらが襲ってこないのは、レイバンがそう心の中で指示を出しているからだろう。俺が命乞いをするのを待っているのかもしれない。


 と、全てのゾンビが動きを止めた。

 不気味な沈黙に、皆警戒を強める。


「降伏するというなら、命だけは助けてやろう」


 レイバンが言った。

 こんなセリフを、生で言われるとは思わなかった。が、この状況でこのセリフは、確かに悪役が言うとまさにぴったりで、悔しいが、決まっていた。このレイバンという男、どこに出しても恥ずかしくない悪党である。


「仲間になれ」


 皆の視線が俺に向く。


 こういう時に限って『リリーブヘイト』の効力がない。空気でいたかったが、そうはいかないようだ。


 敵も味方も、俺の一言を待っている。


 静寂――。


 骸骨の骨のこすれあう音だけが聞こえる。


 俺が決断するための静寂。


 持っているライフカードは分かりやすいたった二枚――「イエス」か「ノー」。


 なぜ俺なのかわからない。

 俺の決断に皆が付いてくるかどうか、わからない。

 皆の期待している決断が何なのか、わからない。


 しかしこの瞬間、俺が決断するしかない。


 レイバンめ、格好つけやがって。

 いいさ、俺だってせいぜい格好つけてやる。言ってやるぞ、レイバン。本当は俺だって、ゾンビに殺されたくはないし、戦うのだって御免なんだ。

 でも、この選択を迫られれば、俺は答えるしかない。

 お前が悪党なら、俺はヒーローをなぞって言ってやる。


 レイバンを睨みつけ、口を大きく開き、腹から声を出す。

 お前の勧誘への答えだ、受け取れレイバン。


「断る!」


 レイバンの顔から笑みが消えた。


 俺が恐怖に負けて、提案を受け入れると思っていたのだろう。だが生憎、俺は自分でも不思議なことだが、そこまで恐怖を感じていなかった。こいつが傑作と言っていた猿の化け物――ヒサルキと対峙した時の方が、恐怖は強かった。


「馬鹿め。そうまでして死にたいなら、殺してやる。死んだ後で、奴隷として可愛いがってやろう!」


 ゾンビたちが再び動き出す。

 俺も右手をかざす。使う魔法は『デボートキュア』。

 ゾンビたちが、その場に倒れこんだ。


「なっ……貴様、何をした!」


 レイバンにも予想外だったようだ。

 だが、俺にとっては対ゾンビ戦の常套手段である。すでにハンの町で、その効果を確認している。そもそも傷だらけのゾンビには、傷口を広げるこの魔法はかなり効く。


 一方で、全く痛がらない魔物もいた。

 ゴーレムと青鷲親衛隊のゾンビ、そしてトーバス王子のゾンビである。ゴーレムは、そもそも「痛み」を知らない無機物であるせいかもしれない。そしてまた、ゾンビでも生きた人間と遜色がないほどしっかり作り込まれたモノは、傷もないから魔法が通らない。


「おのれ! 思い知れ!」


 レイバンはそう言うと、ゾンビたちに『コープスヒール』を放った。

 俺は『デボートキュア』を使い続け、レイバンは『コープスヒール』を持続してゾンビたちの傷口を回復させる。俺とレイバン、どちらのスタミナが先に尽きるかの持久戦だ。

 レイバンは杖をかざし、俺は右手をかざす、地味な戦いである。


 雑魚ゾンビの動きが『デボートキュア』により緩慢になって、カールの従者たちが動きやすくなった。

 それを見て、向こうも青鷲親衛隊ゾンビが戦闘に加わる。

 そうなると、結局互角の戦いだ。レイバンの護衛にはまだトーバス王子のゾンビがついているから、ジャンヌも執事も、一撃離脱でレイバンを殺るのは難しいだろう。


 そうなるとこの持久戦、有利なのはレイバンだ。

 俺よりも上位のクラスということは、スタミナも魔力も、おそらく俺より上だろう。先に息切れを起こすのは俺のほうだ。俺には供血魔法という奥の手があるが、レイバンにもそれが使えるかもしれないし、そうでなかったとしても、持久戦での勝ち目は薄い。俺の血も有限だ。


 ということは、こっちから仕掛けるしかない。

 俺のスタミナが切れた段階で、この戦いの勝ちがなくなる。あぁ、こんなことなら、さっき、「断る」じゃなくて「考えさせて」とか言っておけばよかったかな。


 だがもう、言ってしまったものは仕方がない。

 腹をくくって、殺るか、殺られるかの勝負を仕掛けなければ。


 俺は、ジャンヌが戦っているゴーレムに供血魔法での『ダークバインド』をかけた。レベル2の『ダークバインド』が通用しないと、俺の黒魔術師としての本能がそう告げたのだ。だから供血魔法によって『アビスブースト』を適応させ、レベル3で『ダークバインド』を念じる。


 ゴーレムはバランスを崩し、レイバンのいる玉座の近くに倒れこんだ。

 俺も貧血を覚えて倒れそうになるが、踏みとどまった。

 透かさず、ジャンヌがレイバンに斬りかかる。


 だが、ジャンヌの前にトーバスのゾンビが立ちはだかった。

 ジャンヌの一撃を剣で受け止め、弾き返す。引き際に、互いに小手を切りあった。互いに浅い傷である。血が流れるジャンヌに対して、トーバスの手からは、血は流れない。


 いよいよ、レイバンの顔から笑みが消えた。

 余裕だと思っていたのが、そうでもなかったと知り、そして今、一瞬負けるかも知れないという想像をしたのだろう。


 ゴーレムが起き上がる。

 流石に無機物であるゴーレムには、『ダークネス・カース』の呪いはかからない。俺は再び、『ダークバインド』でゴーレムを持ち上げ、レイバンに投げつけた。


「やめろぉ!」


 レイバンが間一髪、それを避ける。

 その避け方を見て俺は悟った。


「(こいつ、魔法ばっかりやっていて、外で遊ばなかった奴だな)」


 もう一度、ゴーレムを投げつける。レイバン、転げながらそれを交わす。

 どうやら、『オーラガード』でもゴーレムが飛んでくるのは防げないらしい。


「やめんかぁっ!」


 ガシャーン、パラパラ。

 やめるもんか、と俺は目眩を起こしながらも、決意は固い。


「私に、手を突かせるなど、許さんぞ貴様!」


 レイバンは激昂する。

 黒魔術師らしい、手を汚さないエレガントな戦いを汚されたことが癪なのだろう。しかしながら、その中でも『コープスヒール』を途切れさせないのは、流石といったところである。


 だが俺も意地だ。

 泥臭くても何でも、勝てればいい。生き延びさえすれば、それでいい。そのためには――お前にゴーレムをぶつけるしかないんだ!


 ドシーン!

 ズシーン!

 ガガガガア!


「やめっ、やめろっ、馬鹿者がぁ!」


 レイバンも死に物狂いで避ける。

 汗をかき、切り傷、すり傷が足や頬や腕にできる。


「いい加減、当たれよ!」


 俺も叫ぶ。

 だが――。


 ガシャーーン……。

 ――当たらない。


 俺は、もう限界だった。

 膝をつき、『デボートキュア』も『ダークバインド』も解除する。

 激しい目眩と頭痛、体が言うことを聞かない。筋肉が緩んでゆく。俺はそのまま、土下座をするように倒れ込んだ。顔だけは前を向き、レイバンを見る。


 レイバンが、ローブの汚れを払いながら立ち上がった。

 そして、俺を見下ろす。俺の攻撃が終わったのを知ると『コープスヒール』を解き、


「はははは、惜しかったな」


 ふはははは、とレイバンは笑い声を上げた。

 壊したい、この笑顔。

 でもしょうがない。俺には、コイツは倒せなかった。俺の魔法は、コイツの『オーラガード』に防がれてしまう。『ダークバインド』でゴーレムを投げつける荒業も、もう血が足りなくてできない。


「「グリム!」」


 ジャンヌとクティが、俺の名前を呼んだ。

 二人の言葉で、俺が初めて理解できる言葉だった。


「私の勝ちだ、正義の黒魔術師」


 嫌味たっぷりに言ってくる。

 しょうがないから、俺も頬を釣り上げて笑いかけてやった。


「お前の負けだよ……悪党の黒魔術師……」


 体を捻り、仰向けに倒れながら右手を上げた。

『デボートキュア』

 対象は、この場にいる全てのゾンビ。


 ぎゃああと、人間のような悲鳴がいくつか聞こえてきた。

 見なくてもわかる。青鷲親衛隊と、トーバスの悲鳴だ。今度は、『デボートキュア』が、奴らにも通った。なぜなら、戦いの中で怪我をしていたからだ。かすり傷であっても、俺の『デボートキュア』なら、複雑骨折並みの痛みにできる。

 本当に、心から、エグい魔法だ。


 その後の流れは予想がついた。――慌てて『コープスヒール』を使うレイバン。だがそれは間に合わない。隙だらけのトーバスを斬り伏せ、俺とレイバンの間に突進するジャンヌ。


 レイバンは、もしかすると、すごい攻撃魔法を持っているのかもしれなかった。

 だが残念ながら、『ディアルプレイ』のスキルは持っていないだろうということは、ここまでの戦闘で分かっていた。

 ――だから、『コープスヒール』を使っている最中に、ジャンヌの攻撃に対応できない。その上コイツは、体育などやったことないような、運動音痴だ。洗練されたジャンヌの一太刀を躱せる可能性は、万に一つもないだろう。


「やめろ、話をっ――」


 シャリン、と鉄の擦れるような音が聞こえた。

 ジャンヌの剣が、レイバンの脊椎を綺麗に斬ったのだろう。

 俺の意識はそこで途切れた。

 次に目を覚ますのはどこだろうか、とか考えながら。

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