第38話 魔術師レイバン
翌朝、俺たちはトーバス王子の宮殿を訪問した。
俺とジャンヌとクティ、そしてカール王子とその従者一同、総勢二十名ほどの団体で、宮殿の門番も面食らっていた。
玉座に通されたのは、俺達討伐隊の三人とカール王子である。
カールの【アサシン】執事は玉座に入る前の控えの間で、同じく従者の数名と待っている。
やがて、トーバス王子が、供を引き連れて現れた。
青鷲親衛隊の四人と、そして宮廷魔術師のマハルである。今になって、緊張してきた。俺はトーバスが黒幕だと言ったが、それが間違っていたら、大恥である。
ジャンヌが話し始めた。
その文言は、昨日打ち合わせした通りならこういうことを言っている。
「調査の結果、カール王子暗殺を企てた闇の魔術師は、カカンに逃げようとしていることが判明しました」
続いてカール王子が言う。
「私自ら隊を率いて、その魔術師を討伐しようと思います」
トーバスは即答しなかった。
ううんと考え始める。
トーバスに何もないのなら、カールのこの提案は受け入れるはずである。しかも、自ら危険を冒して宿敵を討伐しようとするその勇気を称えて。
だがトーバスは、考えている。
マハルが何か口添えした。
その内容を、クティが俺に耳打ちしてくれる。
「どのような調査をしたのか」
と、そう訊いてきた。
待ってましたとばかりに、ジャンヌが話し始める。これは昨日、しっかり台本を作った。俺たちがカナンに行き、そこで情報を手に入れてリノーに戻り、そして昨日のうちに、首謀者の情報を得たと――かなり具体的にでっち上げた。
その話の中に登場する情報屋や酒場などは、半分は作り物、半分は本物の名前である。
「調査の真偽を確認したい」
とトーバスが言い出す。
ジャンヌはこう切り返す。
「そんな時間はありません。逃げられてしまいます」
再びトーバスは考える。
我ながら、良い手を思いついたものだ。将棋でいう所の大手飛車取りである。
向こうは、俺たちが本当のところを知っているのか、それとも間違った情報を手に入れてしまったのかわからない。
真犯人を知り、この国から逃げるために、調査という名目でカカンに亡命する。はたまた、間違った情報を追いかけてカカンに入る。
どちらにしても、トーバスは口出しをできない。そしてカール王子は、どちらにしてもリノーを遠く離れることになる。そうなれば、即座にカール王子を殺すことはできなくなる。それは、トーバスにとってかなり不都合なことだろう。
マハルがトーバスに耳打ちした。
それを受けて、
「討伐には青鷲親衛隊を派遣する」
トーバスが言う。
そうだ、トーバスはカールを、リノーにとどめておきたいのだ。いつでも手が出せるように。だから、カールを直接行かせるのを辞めさせて、代案として、青鷲親衛隊を生かせようとする。
だがこの提案も充分予測できていた。いや、トーバスが黒幕なら、そう言うに決まっているのである。
カールがその提案を拒否する。
青鷲親衛隊がカカンとの関所に近づけば、それだけで無用の警戒をカカン側に強いることになる。また、討伐対象がカカン公領に入った場合、青鷲親衛隊では、関所を超えるのに煩雑な手続きが必要となる。だが王子自ら赴けば、手続きは速やかに済む。
そしてカールは、さらに言う。
兄上の身辺を手薄にするわけにはいかない。クロイツの様に、相手はまだ何かを、この宮殿に仕込んでいるかもしれない、と。
トーバスは再び考える。
俺はジャンヌに目配せをする。
ジャンヌが頷くと、カール王子が立ち上がる。
「では、これにて失礼します」
手筈通りである。
さぁ、どう出る。
ここからどうなるかは、本当に読めない。俺もジャンヌも、そしてクティやカール、控えの間にいる従者たちにとっても、緊張の時である。
さぁどうする、トーバス。
俺たちを見逃すか?
でもお前は、カールを殺そうと思えば、今しか機会はないはずだ。宮殿の外に出てしまったら、リノーを出てしまったら、もうチャンスはない。
わかっているはずだ……。
俺も立ち上がる。
カール王子を先頭に、クティ、俺、そして最後尾にはジャンヌ。
トーバスに向けている背に、冷や汗が流れる。
一歩、二歩、扉に近づく。
三歩、四歩……。
扉が目の前に――。
トーバスが何か言った。
扉の前にいた兵士が、槍を交差させて俺たちの行く手を阻んだ。
仕掛けてきた。
俺たちは振り返る、カール王子はトーバスに強く質問する。トーバスは憎々し気にカールを睨みつけながら、親衛隊に命令した。
親衛隊が剣を抜いた。
……おや?
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名前 :――
クラス:アンデット・ナイト
Lv:15/30
・蘇った青鷲親衛隊の騎士。
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人間に見えるが、青鷲親衛隊の四人の騎士は、俺の『アナライズサイト』で〈アンデッド・ナイト〉と分析されている。騎士だけではない、何と――。
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名前 :トーバス
クラス:アンデッド・プリンス
Lv:30/30
・蘇ったトーバス王子。
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嘘だろう……。
トーバスもアンデットだったとは。こいつが黒幕か?
いや、こいつを操っている奴がいるはずだ。それは誰だ。
「はっはっはっは! 馬鹿め!」
笑う人間がいた。
マハルである。宮廷魔術師マハル。そのはずだった。俺の『アナライズサイト』は、温泉街でこいつに初めて会った時、そう分析していたはずだ。
だが、今は違った。
俺はマハルを見つめ、驚愕した。
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名前 :レイバン
クラス:ネクロマンサー
Lv:40/70
・宮廷魔術師マハルは仮の姿。
・死霊術に魅入られた魔法使い。
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こいつだったのか。
もう隠す気はないらしい。小さな髑髏の杖を片手に、にやついている。
「大人しく殺されていれば良かったものを」
「あんただったのか……」
でもなぜだ。
だとしたらあの時――温泉街で、カール王子の呪毒をなぜ解いた?
「なんでお前、あの時カール王子を助けた」
「あの杖で解呪できないとあっては、宮廷魔術師の名折れだ。これからの私の、表の人生に支障が出る。それに――お前のあの、忌々しい龍馬だ。奴のせいで、折角あったチャンスをふいにした。だが、私の考えすぎだったようだ」
「私は、お前に疑われていると考えたのだ。そのために私の身辺を、龍馬をつけて監視させているのだと。だが、違ったのか。失敗したよ。お前の言うとおり、あの時、殺しておけばよかった」
何だかよくわからないが、龍馬というのは、パトラッシュのことを言っているのだろう。俺がクロイツにつかまって、リノーに運ばれているときも、そういえばパトラッシュはいなかった。パトラッシュはそのとき、マハルの近くにいたようだ。
ということは、パトラッシュは、最初からマハルが怪しいと知っていたのか!? だから、俺の近くではなく、マハルの――いや、レイバンの近くにいたのか!?
本当に、パトラッシュの賢さには驚かされる。今回の一件で、パトラッシュは間違いなくMVPだ。この戦いが終わったら、労ってあげなければ。
「お前にはいろいろと礼をしなくてはならないようだ。――あの猿は、なかなか傑作だったのだがな」
「あの化け猿、お前のか……」
「それだけではない。レッドライカンとゴーレム、ハンを襲わせた私の僕と戦っい、撃退した黒魔術師というのは、お前の事だな」
「それもお前か!」
「あの町は、私の兵を作るには手頃だったのだがな」
「町を滅ぼして、死人を操ろうって魂胆だったわけか」
ってことは、全部お前じゃないか。
何だよ、嫌がらせかよ。
お前のせいで俺は、【セージ】とか【エレメンタリスト】とかでなく、【ダークメイジ】になったんだぞ。というか本当は、【セージ】になりたかったんだ!
ポテンシャルスキル『聖母の手』がある俺には、【セージ】としての輝かしい未来が約束されていたんだ。稀代の名ヒーラーとして冒険者には引っ張りだこ、怪我をした女の子たちを優しく癒して、あれよあれよと国に召し抱えられ、姫とのラブロマンスが……とか割と真面目に妄想したんだぞ!
俺の青春を返せ!
俺のハーレムを返せ!
姫とのラブロマンスを返せこの畜生!
「お前、絶対殺すからな」
俺はもう、殺すことに抵抗が無くなってきている。
すっかり【ダークメイジ】だ。悲鳴とか聞いても、あんまり何も感じない。
とりあえず、『ダークバインド』だ、死ねこの死体愛好家め!
が、俺の魔法は『オーラガードLv3』というスキルによって防がれた。
マハル改め、レイバンの体の周りに、黒い霞の膜がドーム状に広がっている。
「【ダークメイジ】が俺に勝てると思うのか。ふははは! 教えてやろう、【ネクロマンサー】は、【ダークメイジ】からエンチャントした上位クラスだ。お前に私は倒せない」
レイバンは両手を広げた。
すると、部屋のあちこちから、アンデット系の魔物が出現し始めた。ハンで戦ったゾンビや、船にいたスケルトンの、より上位の魔物だろう。身体から、赤いオーラを放っている。
『ダークアロー』を、供血魔法として使ってみる。
が、レイバンには届かなかった。『オーラガード』に阻まれる。
人型、獣型――多種多様のゾンビ。
ゴーレム、巨人のような大型アンデットが、次々と出てくる。充満する腐敗臭。それだけで戦意を失う。
いつの間にか戦いに参加していた【アサシン】執事は、カール王子やクティを背に守ってくれている。流石、彼はできる執事だ。
だがこの状況、かなりまずい。
多勢に無勢だし、レイバンに対して、俺は有効な攻撃手段を持っていない。もしかしたらと思ってゾンビ共に『パペットカース』を使ってみたが、操れなかった。
おまけに扉は、レイバンの『ブロードロック』によって固く閉ざされている。つまり、レイバンを倒さなければ、逃げることすらできないだ。
――ジャンヌに賭けるしかないか。
いや、無理なのは目に見えている。ジャンヌは強いが、それ以上に相手が多い。しかも、倒れた先からレイバンのアンデッドを修復する魔法『コープスヒールLv3』で復活する。きりがない。
レイバンは声高々に笑っている。
必死に戦うジャンヌやカールの従者が面白いのだろう。自分の力の前に恐怖するカール王子やクティが面白いのだろう。弱者が一縷の望みに縋っているのを見るのが、奴は堪らなく好きなのだろう。
本当にいい趣味をしている。
上位クラスを相手に何もできない無力感に絶望し、それでも戦う術を絞り出そうとしている駆け出しの【ダークメイジ】がそんなに面白いか。
ちくしょう、笑いやがって。
いいさ、笑っとけ、笑っとけ――笑えるうちにな。
俺にだって、方法がないわけじゃない。
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