第36話 引き返す船の中で

 夜船を出す、そのために俺のできることは何もなかった。

 準備は全てクティとジャンヌと、そして二人の呼びかけに応じた水夫、キャプテン・バードンが行った。バードン船長は、俺たちがリノーからカナンに行く船旅の船長をしていた男である。


 バードン船長は、ジャンヌから話を聞くと、すぐに水夫を集めてくれた。その半数以上が、リノーからの旅で、俺やジャンヌと共に魔性雲を共に超えた男たちである。彼らは、ジャンヌや俺に、恩義を感じているのだった。


 一度の航海で二度魔性雲にあたるというのは、相当レアなケースで、水夫たちの間では、暫く語り草になるであろう出来事だった。そしてまた、それに遭遇した水夫たちにとっては、間違いなく人生の1ページに残る様な経験になった。


 水夫たちは、この異常な依頼にわくわくしていた。

 なぜこんな夜中に。

 なぜ奴隷船で。

 なぜ、リノーに戻るのか。


 それらの疑問は、水夫たちの好奇心と冒険心を引き付けるのに充分だった。


 夜の出航は難しいものである。

 しかも港からではなく、洞窟から。

 海流がどうなっているのかわからない。灯台の明かりもない中で、船を動かさなくてはならない。夜の海は、どこに何があるかわからないのだ。数メートル先に陸地があったとしても、明かりがなければ簡単に座礁してしまう。


 その難しい旅路に、水夫たちのボルテージは上がっていた。

 奴隷船の海賊のうち、数名は手を貸したいと名乗りを上げたので、それも仲間に加わった。そして沖に出るまでは、彼らの知識が大いに役に立った。どの道を通れば安全かを、彼らは知っていた。


 黒い船は静かに洞窟を出た。

 誰にも知られずに、黒い海に繰り出す。

 俺もジャンヌもクティも、甲板にいて、じっと船の無事を祈りながら夜を眺めていた。水夫たちの荒々しい声が飛び交っているが、海に出てしまえば、俺たちにできることは祈ることくらいなものである。


 ――やがて、どこからともなく水夫たちの笑い声が聞こえてきた。

 船は、岩にぶつかることも、浅瀬に引っかかることもなく、沖に出ることができたのだ。


 俺たちは息をついた。

 ほっとしたら眠気が襲ってきた。



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名前 :グリム(『ウルドの呪い』『忘翁のローブの約束』)

種族 :アニマン

クラス:ダークメイジ

 Lv:31/60

HP :75/75

Stm:93(100%)

MP :101

神具 :『ステータス巻物』『忘翁の事典』『忘翁の地図』

装備 :『忘翁のローブ』


パッシブスキル:

『マナマネジメントLv2』『リリーブヘイトLv1』『プレシーブセンスLv1』

『ダークフォースマスタリLv2』『アビスブーストLv1』『呪い耐性Lv1』


アクティブスキル:

『ダークバインドLv2』『ダークアローLv2』『HPポワードLv1』

『デボートキュアLv2』『オーバーヒールLv1』『パペットカースLv2』

『呪泉術Lv1』『インフェクトカースLv1』


ポテンシャルスキル:

『忘翁のガイドライン』『秘められた魔術師の才能』『聖母の手』

『デュアルプレイ』『アナライズサイト』『黒魔術の才能』


称号:

『異世界から来た男』『ウルド最後の希望』『小さな救世主』

『借金ベイビー』『癒者』『レッドライカン討伐者』

『逃げる男』『魔道に入る者』『脱獄名人』

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 翌朝、俺は自分が生きているのをまず確認して、船が沈没していないことに感謝した。生きているというのは、なかなかすごいことなのだと思う。

 それから、最近ずっと見ていなかった〈ステータス巻物〉を広げてみた。


 新しい称号『脱獄名人』というのが追加されている。

 なんだか、嬉しいような、悲しいような。

 それから「翁」の表記が「忘翁」に変わっていた。俺が最後に、翁に付けた名前である。でもきっと、またひょっこり出てくることだろう。そう思わないと、なんだかこの巻物が、あの爺さんの遺品という気がして、あまりいい気分ではない。


 レベルも上がった。

 それに伴って、MPも上がった。ついに三桁である。派手な魔法がないために、視覚的にどれほど魔法の威力が上がったのか確認できないのが、【ダークメイジ】の辛さである。

 使ってみて、相手がより痛がるとか、苦しむとか、そんな嫌な尺度で魔力を測らなければならない。まるで拷問のプロのようだ。そんなプロがいるかどうかは知らないが――俺は確実に、ダークサイドに足を踏み入れてしまっているようだ。

 あんまり気にしてないけれど。


 俺は巻物を閉じた。

 顔を上げると、クティとジャンヌが、トランプで盛り上がっていた。トランプは、万国共通らしい。国、というか世界か。


「⨡⟑⟡⨪! ⟑⟡⨪!」

「⟛⩈⨌⨪ー⟕ー⟖⟠⨊⨪⟑⩀⟛⟟ー!」

「⦠⟟⟛⦀⨀⩈⦢⟧……」


 何言ってるかわからねぇ! けど楽しそう。この、女の子同士のきゃっきゃウフフは、見ているだけで優しい気持ちになれる。何言っているかわからないけど。


「グリムさんも、やりますか?」

「え? いや、俺は……」


 何を隠そう、俺は高校時代、ミスター大貧民と呼ばれていた男だ。大富豪をすると必ず負ける。それで、何度ゴリゴリ君を奢る羽目になったか。卒業までに奢ったゴリゴリ君は、一千本を下らないだろう。


 ――結局、俺は誘われるままにテーブルに座った。

ゲームは〈ブラックジャック〉。カードを引いて数字の合計を21に近づけるゲームである。この世界の文字が読めない俺は、クティに12までの数字を教わってからのスタートになった。


 何度か勝負をした後、何か賭けようかとジャンヌが言い出した。

 俺もクティも、折角だしと、ジャンヌの提案に乗った。当然賭けるのは金銭以外のものだが、さて、何を賭けようか。

 つまらないものだと、勝負もつまらなくなりそうなので、そこは、貰ってうれしい物にしようという、暗黙の了解があった。


 それぞれの賭ける物が決まった。

 さぁ、ここで、「私の身体」とか言い出したら神だが、二人はそんな痴女神ではないから諦めよう。


 俺は、即席の「マッサージ券」を出した。一度だけ俺からのマッサージを受けられる、ご褒美券である。誰にとってのご褒美かは、教えない。


 ジャンヌは、「一日召使券」だった。

 俺と発想が似ているが、これは、最高のご褒美である。彼女が一日中、メイドとしてご奉仕してくれるのである。これは、必ず勝てねばなるまい。


 そしてクティは、何と龍老人の杖を賭けた。

 私が持っていても使えないので、とか言っているが、これ、龍老人が聞いたら泣くぞ。というかクティ、これは、伝説のお宝ではないのか。それこそ、何千グロウルという価値があるものだと、俺は理解しているのだが……。


 さて、勝負が始まった。

 最初にいくらかチップを用意して、一時間後、一番多くチップを持っていた者が優勝。途中でチップが全て無くなったら、その時点で負けとなる。賭けた物は優勝者の総取りになるので、これは無難に二位なんかを取りに行っても仕方がない。

 目指すは優勝。

 二位じゃダメなんです。

 二位だと、ジャンヌのメイド姿が見られないんです。


 戦いが始まった。

 俺にとっては大事な戦いだ。

 龍老人の杖はとりあえずいいとして、ジャンヌのメイド。これは、何としても手に入れたい。膝枕とかしてもらえたら、俺はもう、それだけで満足だ。それだけで、この世界に来た甲斐があったと思うことができる。


 だから神様、今回は、俺に味方してほしい。

 運命の女神よ。いや、翁か? 運命の翁? まぁ、どっちでもいいんだ。頼むから、俺に力を!


 1ゲーム一分とかからない。

 ジャンヌとクティは、カードが配られるたびに表情を変える。俺は、ポーカーフェイスを貫く。ポーカーやジジ抜きではないからあまり関係ないが、トランプは、ポーカーフェイスが強いのだ。それを俺は、高校の三年間で学んだ。


 四十分が過ぎた頃、クティのチップが無くなった。

 クティの負けが決まった。龍老人の杖、哀れなり。

 だが、俺がほしいのは杖ではなく、ジャンヌだ。一騎打ちになる。そこで俺は、ゲームを変える提案をした。


 ゲームは、「スピード」である。

 この世界にそれがあるのか俺は知らなかったが、クティもジャンヌも知っていた。トランプゲームの起源は、実はこっちの世界だったりするのだろうか?

 それはともかくとして――俺は心の中でガッツポーズを決めた。


 得意なのだ、スピードは。

 大富豪こそ苦手な俺だが、そんな俺が唯一得意なトランプゲーム、それが、スピードである。なぜか、負けたことがない。本当になぜかわからないが、これだけは、俺は自分で、自信をもって「強い」と言える。


 互いにカードをシャッフルし、渡す。

 ジャンヌも自信があるのだろう。落ち着いている。

 互いにカードをセットし終え、掛け声を発する。

 違う言葉だが、そこに言葉の壁はなかった。


 スピードッ!


 バン、バン、サッ、シュッ! バン!

 シュ、シュ、ババン!

 スピード!

 バンバン! バン、シュシュ、シュ、サ、バン!


 真剣勝負。

 ジャンヌは、強かった。動きが鋭い。手際も良い。

 だが、読みが甘い!


 バン、バン!

 スピード!


 俺は最後の一枚を、重ねられた台札の上に乗せた。

 二枚差で、俺の勝ち。


「よっしゃー! キター!」


 思わず声を上げてガッツポーズ。

 ジャンヌ(のメイド)は俺のものだ! あと、杖も。

 クティが拍手をしてくれた。ジャンヌは、俺が喜びを爆発させるのを見て笑っている。笑っていられるのも今のうちだぜジャンヌ。どんなエグいご奉仕を要求されるか、知らないんだろう?

 ……いや、しないけどね。そんなエグいの。膝枕くらいがMAXかな……。


 とにかく、生きる目的ができた人間は強い。

 ジャンヌを一日好きにできるという希望を得た俺は、そうやすやすはと死なないだろう。


「まず、レイバンを見つけないと、いけませんね」


 トランプの後、少し真面目な話し合いの席でクティが言った。

 この船が港町に着いた後、俺たちはその足でリノーに行く。ジャンヌとクティは、行きと同じように、馬車でリノーに行くつもりらしかった。

 トーバス王子に現状の報告をして、その後、リノーにいるという魔術師、レイバンの捜索にあたる。


 だが俺は、それよりも優先すべきことがあると二人に言った。

 しかもそれは、一刻を争うことである。

 二人は首を傾げた。


「カール王子の保護だ」


 え、と顔を見合わせるクティとジャンヌ。


「どういうことですか?」

「もしかすると、カール王子の命が危ない」


 一つの可能性として、俺は考えていた。

 俺たちはカナンに行くなり、調査の妨害を受け、命さえ狙われた。相手は、俺たちがあの日あの船でカナンに到着するのを知っていたのだ。それは、こう考えることも出来るのではないか――俺たちを殺すために、カナンに送った者がいる。


 トーバス王子は俺たちに黒幕討伐を依頼した。

 カナンに行くのを決めたのは、俺たちだ。だが、悪党の調査をするとなったら、まずカナン行きを考えるだろうということは、トーバスにも容易に想像できたのではないだろうか。


 そう、俺は、トーバス王子を疑っていた。

 トーバス王子は、レイバンと協力してカール王子を殺そうとしている。そこで、俺たちが邪魔だった。とりあえずカナンに行かせて、念のために殺しておこう。それからリノーで、カール王子を殺す計画を、またじっくり練ればいい。


 俺は、トーバス王子とカール王子の仲は知らない。

 だが、貴族や王族における身内同士の争いというのは、世界史でも日本史でも、その例をいくらでもあげることができる。この世界でも、それは一緒だろう。金でも領土でも、暗殺を考える動機ならいくらでもあるだろう。


 俺の言ったことをクティは訳してくれた。

 ジャンヌは少し考えてから言った。それを、クティが通訳してくれる。


「町に着いたら、すぐにリノーに向かいましょう、と」


 ジャンヌも、俺の推測に、とりあえずは乗ったようだ。ジャンヌからすれば、トーバスよりも、カールの方が大事に違いない。騎士でもないのに、自分の身辺の護衛を、名指しで任せるくらいだから、二人の間には強い信頼があるのだろう。


 話が決まって、俺は船倉に降りた。

 その区切られた一画にいるパトラッシュを訪ねたのだ。

 パトラッシュは俺を見ると、嬉しそうに頭をこすりつけてきた。愛い奴め。


「ちょっと、乗馬の練習をさせてな……」


 俺はおもむろに、鐙に足をかけた。

 港町からリノーまで、パトラッシュにお世話になるから、その練習だ。付け焼刃だが、やらないよりはましだろう。

 パトラッシュはそんな俺の事情を察してか、優しくエスコートしてくれた。

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