第35話 黒魔術師の尋問

「あぁ、死ぬかと思った……」


 割と真面目に、俺はもう、死を覚悟していた。

 それと同じくらいに、実は生きる可能性に期待していたわけだが。


 俺は今白砂の海岸にいる。隣には、俺の命の恩人、パトラッシュ。俺はもう、絶対に何があってもこの子を離さない。


 まぁ、パトラッシュがいるから、「エクストリームスポーツ・深夜の飛び込み」、とかやったわけだが、パトラッシュが海に入れるかどうかはわからなかった。ただ何となく、パトラッシュ青いし、クラスに「龍」とか入ってるし、いけそうな気がした。まぁ、言うなれば賭けだった。


 ちなみに俺の魔法を封じていた封魔の枷セットは、飛び込む前に両方とも外している。


 魔法が使えないのにどうやったか? 

 俺は、枷を嵌められていても、血を代償にして使う魔法――供血魔法なら、使える魔法があるのだ。それはクロイツの時に実証済みである。その時は『ダークアロー』と『デボートキュア』だったが、実は、もう一つ、枷が嵌められた状態で使える魔法がある可能性を、俺は考えていた。


 それは、『ダークバインド』だ。

 俺も、何も考えずに旅をしていたわけじゃない。あの枷の一件を「たまたま運が良かった」と思いきれるほど、俺は楽天家じゃなかった。

 なぜ『ダークアロー』と『デボートキュア』があの時使えたのか。この二つの魔法の共通点は何だったか。


 それは、レベルだ。二つともレベル2のスキルだった。

 しかし枷は、レベル2までの魔法を封印する。であれば、この二つの魔法も使えなかったはずだが――その通りで、普通にこの魔法を使おうとしても、使えなかった。ところが供血魔法として使おうとしたら、使えた。


 なぜ使えたのか?

 考えられるのは、供血魔法の力を増幅させるパッシブスキル『アビスブースト』。これはもしかすると、供血魔法のスキルレベルを、1レベル分上げる力があるのではないか?

 そして枷は、アクティブスキルは封じるが、パッシブスキルには効果がないのだとしたら……。


 ――レベル2の『ダークバインド』も、供血魔法として使った場合は、封魔の枷でマイナス2レベルの制限があったとしても、レベル1相当の『ダークバインド』として使えるのではないか。


 その可能性を信じて、俺は供血魔法で『ダークバインド』を使ってみた。

 いつ使ったか?

 あいつが、不用意に枷のカギを出した時だ。つまり、今朝あいつが俺に挨拶しに来た時である。あの時、あいつは部下を連れていたが――まぁ、俺が何もできないと思って誰も警戒していなかった。

 だから俺は、その隙に鍵を『ダークバインド』でかすめ取った。そして、服の隙間にしまっておいたんだ。それを、最後の瞬間に出して、時間を稼ぎながら、バレないように足の枷を外し、次に手の枷を外し、飛び込んだ。


 その外した手枷と足枷は、今、俺の足元にある。鍵もある。

 これを後で、早速使ってやろうと思う。

 とはいえ、俺の命もあと数時間だろう。火のように熱い身体は、さらに熱くなっている。


 俺は洞窟に船が入るのを確認して、立ち上がる。

 黒魔術を生きた人間に使うのは躊躇われたが、人間の皮を被った悪魔たち――人間モドキには別だ。



 船を降りてパーティーの準備を始めていた海賊たちは、突然、互いに互いを、ロープで縛り始めた。

 別に、彼らがSMプレイのパーティーを始めようとしていたわけではない。

 俺の『パペットカース』だ。


 俺は海賊たちの奇行をスルーして船に上がった。

 甲板にいた四人の海賊を『パペットカース』で配下に加えて、船長室の扉をけ破らせる。蹴破ると同時に、扉を蹴った二人が悲鳴を上げた。恐らく、蹴った衝撃で足のどこかを怪我したのだろう。


 まぁどうでもいい。

 俺はそのまま、四人に命令する。

「中にいる人間を拘束しろ」


 船長室には、タニザキとその部下の【セージ】がいた。


「なっ、おい! なんのつもりだ!」


 タニザキはレンジャーらしく、抜き身の一撃で一人を斬った。

 海賊は悲鳴を上げる。

 だが、痛かろうが何だろうが、『パペットカース』がかかっている限りは、海賊は俺の命令を忠実に守ろうとする。


(アクティブスキル『パペットカース』のレベルが1から2に上がりました)


 俺は『ダークバインド』でタニザキを縛り上げた。

 俺の人形になった海賊たちは、その間にタニザキを椅子にしばりつけた。俺は封魔の手枷と足枷を海賊の一人に渡した。海賊はそれを受け取ると、タニザキに嵌めた。


【セージ】の方は、抵抗もできないまま縛られ、両膝を床に付けさせられていた。


「なんで、お前が、生きてる……」


 タニザキは、化け物を見るような目で俺を見た。

 確かに俺は、タニザキからしたら化け物じみて見えるのかもしれない。

 何しろ今の俺は水浸しで、熱毒のせいで、はぁはぁと息を切らせているし、きっと目も血走っている。そんな黒魔術師が目の前に来たら、誰だってビビるだろう。

 まるで、猟奇殺人鬼だ。


 まぁ、あながち間違ってはいない。

 俺は、海賊の一人に命令を念じた。命令通り、海賊は剣を抜き、タニザキの左手甲を、さくっと斬った。

 ぴしゃっと、血が飛び散る。


「あぁぁぁああ!」


 金切り声の悲鳴が部屋に響く。


「取引だ。そこの【セージ】に、俺に解毒の術を、使うように言え」

「ふ、ふざけるなぁ! 誰が……そうだ、俺をほどいたら、そう命令してやる」

「立場がわかってないな」


 俺は、片手をタニザキにかざす。

『デボートキュア』

 今しがた斬られた左手の切り傷が、悪化する。その痛みに、タニザキは獣のように絶叫し、体をのけ反らせた。


「このまま、一時間でも二時間でも続けてやるぞ。俺が熱で死ぬのが先か、お前の気が狂うのが先か、やってみるか」

「わかったぁぁ! わかったから! もうやめてくれぇ!」


 タニザキの声は震えている。

 よほど痛かったのだろう。とはいえ、同情などしない。何なら本当に、こいつの気が狂うまで拷問してやってもいいくらいである。


 俺は【セージ】の拘束を解かせた。

【セージ】は、タニザキの命令通り、俺に解毒の魔法をかけた。

 すううっと、体から熱が抜けてゆく。全身にハッカをまぶして、その上から真水のシャワーを浴びた様な、そんな癖になりそうな感覚である。


「ふぅ……」


 流石魔法。

 あんなに辛かったのに、わずか数秒で、すっかり元気になってしまった。

 さて、これで俺の勝ちだ。

 こいつがもし、俺に我慢比べを挑んできていたら、もしかすると、俺は負けていたかもしれない。が、この男に、苦痛に耐えるだけの精神力があるとは思っていなかった。


「解いてくれ、あの奴隷は売ってやる。いや、タダでいい。だから――」

「誰に頼まれた。誰の命令だ。俺を殺したい奴は誰だ」

「……ドーロンの命令だ」

「商団の偉いさんがどして俺を狙う」

「そんなの知らねぇよ!」


 俺は、無言で手をかざす。

 タニザキは慌てて言いなおす。


「レイバンだ! ドーロンとレイバンは取引をしてるんだ。その取引の中で、レイバンが、お前を殺すように商団に依頼してきた!」

「レイバンってのは誰だ」

「魔術師だ!」

「どこにいる」

「り、リノーにいるらしい! 詳しいことは俺も知らない! 本当だ!」


 随分饒舌になるものだ。

 拷問というのは、こういう奴には効果的なようだ。

 ――と、俺は背筋に寒気を感じた。


 振り向くと、【セージ】が俺に、攻撃魔法を使おうとしていた。

 俺は咄嗟に、『ダークアロー』を放った。闇の矢は、【セージ】の胸元に突き刺さり、【セージ】はばたりと床に倒れた。

 呪いが、一瞬で「Ⅲ」まで進行する。あと数秒もすれば死ぬだろう。


「もういいだろう!? 解いてくれ。ほしいものがあるなら、何でもやる! だから――」

「慌てるな。俺だって最初から、自由にしてやるつもりだよ」


 俺はそう答えた。

 タニザキは表情を緩ませる。

 俺は迷わず、タニザキの体に『ダークアロー』を五、六発放ち、暗黒の矢を突き刺した。タニザキは椅子ごとひっくり返り、絶命した。


(レベルが27から31に上がりました)


 さて、と俺は近くの樽に腰かけた。

 勢いあまってタニザキという悪党を殺してしまったが、これがどう出るか、正直分からない。しかし、大きな手掛かりはつかめた。


 ドーロン商団と取引をしている男、魔術師レイバン。

 恐らくそれが、カール王子の毒殺計画を立てた首謀者と見て間違いないだろう。そしてその男は、リノーにいる。

 タニザキの言っていたことの真偽は定かではないが、疑わしいとも思わなかった。タニザキは信用できるような男ではないが、出てきた情報は、なぜだか、間違っていないような気がする。


 とりあえず宿に戻ろう。

 クティと、もしかするとジャンヌも戻っているかもしれない。



 俺は、ドキドキした気持ちで二人の部屋の扉を叩いた。

 修学旅行で、女の子の部屋にお邪魔した時の思い出が蘇る。


「グリムさん!」

「ど、どうも」


 ぎこちなく答える俺。

 クティは、抱き付きそうになるのをすんでのところで堪えたようだった。ジャンヌも、俺を歓迎してくれた。というかジャンヌ、その格好は何だ。

 ものすごく、カッコイイ。男装の麗人だ。


 俺とクティとジャンヌは、それぞれの持っている情報をテーブルの上に晒した。

 レイバンという魔術師については、ジャンヌもクティも知らなかった。

 俺はそこに違和感を覚えた。

 リノーに長い二人が、名前すら知らないなんてことは、あるのだろうか。一介の魔術師でなく、宮廷魔術師を超える力を持った、闇の魔術師である。


「――今すぐ、リノーに戻ろう」


 俺はそう言った。

 二人は俺に、レイバンという魔術師などいないのではないのか、という可能性を指摘した。要するに、タニザキの言う事の信ぴょう性が薄い、ということだ。

 確かに、この町から自分たちを遠ざけるためのでまかせかもしれない、という風にも考えられる。


 だが俺は、どちらにしても、一度リノーに戻るべきだと二人に言った。

 相手は、俺たちがここに来るのを知っているようだった。当日のうちに、俺にも、ジャンヌにもコンタクトがあったのは、偶然でなく、必然だ。相手は、知っていたのだ。そんな状態でこれ以上ここで捜査をしても、情報など集められるわけがない。


「そうしたら、明日の朝――」

「いや、今夜のうちだ」

「今夜ですか!? でも、そんなことは……」

「船はある。例の奴隷船を使えばいい」

「船乗りがいません。今から集めるのは、難しいと思います」

「無理かな? 金なら、結構出せると思うけど」


 奴隷船には十人の奴隷と、そして恐らく、金や貿易品なども積まれているだろう。何なら船そのものを報酬にしても良い。


「やります、とジャンヌ様が」


 ジャンヌは俺の目を見て頷いた。

 彼女も彼女で、急ぐ必要を感じたのだろう。


「決まりだ。やれるだけの事をやろう」


 俺はリーダーを気取ってそんなことを言ってみた。

 付いてきてくれるクティとジャンヌが心強かった。

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