第27話 黒幕討伐隊
トーバス王子は、俺より若かった。
しかし、その威厳は、俺なんかよりもよっぽどあって、そのことで若干、俺はショックを受けた次第だ。なんてまぁ、王族だから背負っているものがそもそも違うのだ。俺のようなパンピーとは、そりゃあ違って当然だろう。
トーバス王子の言葉をクティが日本語にして俺に教えてくれ、俺の言葉を、クティが王に伝えた。そして、褒美の話になった。褒美は何が良いか? と聞かれたのだ。俺が答えに窮していると、何でも言ってみろ、と加えてくれた。
何でも?
いやいや、俺だって常識人だ。馬鹿みたいなことは言わない。きっと無難なのは『金』だろう。俺みたいな一介の旅人なら、そう答える。
だが俺は今、金を持っている。50グロウル。
まぁ金は、ある分には困らないからそれでも良いのだが――。
「クティ、あのさ……」
「はい」
「クティがほしい! なんて言ったら怒る?」
「ええ!?」
流石に焦るクティ。
王子は何事かとクティに訊ねたようだ。クティはそれを説明する。その説明を受けて、クティはまた、こっちの世界の言葉で驚きを表した。
「そ、それは、どういう意味での、『ほしい』なのでしょうか……?」
「雇いたい、通訳として」
「私を、ですか……?」
「他に日本語がわかる人間がいれば、その人でもいいけど、心当たりある?」
「……いません、この町には」
「でもクティ、俺は、君と王子の判断に委ねるよ。もしだめなら、お金がほしいと伝えてくれるかな」
「わ、わかりました……」
さて、俺が言えるのはここまでだ。
クティ以外の人間でもいいと言ったが、本心は違う。クティがいい。だがそんなことを言ったら、クティも断るに断れなくなってしまう。あくまで、雇用主と被雇用者の、金銭によるドライな関係でいた方が、彼女にとっては幸せだろう。
暫くやり取りがあった。
俺はそれを、立膝を突いたまま聞いていた。
やがて、クティが伝えてくれた。
「王子から一つ、提案があります」
クティはそう言って、トーバス王子の提案を俺に話してくれた。
宮廷学者を一介の旅人に与えるということは、彼女の家の名誉にもかかわることだからできないという。ただし、貴族にならそれは別だ。
カール王子の暗殺を企てた首謀者を捉え、あるいは殺すことができれば、貴族の称号を与えて異を唱える者はいない。その功績を立ててくれれば、クティを雇ってくれて構わない、ということである。
「もしやってくれると言うなら、討伐隊の一人として、私を同行させようと、おっしゃっています」
「やりましょう」
俺は即答した。
クティが、というのもあったが、カール王子の一件について、俺はその黒幕に、どろっとした復讐の感情を抱いている。
気に入らないのは、そういう奴が、のうのうと生きていることだ。あの事件で、クロイツは自業自得としても、クロイツの部下の兵士が死んだ。死ななくても良かった人間だ。だがその黒幕とやらは、他人の生き死になどチェスや将棋の駒としか見ていないような奴に違いない。彼らが死んだことすら知らないのではないか。
正義の味方を気取るつもりはないが、単純にそれが許せない。
王子からのお墨付きが出れば、白日の下に、そいつを断罪できる。きっと俺の黒魔術は、そういうどうしょうもない野郎のために使うのだろう。
別に俺は、死んだとしてもまたリアルで生き返る。
だから、道連れでもいい、クソ野郎を処分してやる。
話は決まった。
討伐体がここに結成される。俺と、クティと、そして――。
王子が合図をすると扉が開いて、一人の剣士が入ってきた。
ジャンヌだった。
ジャンヌは、俺と目が合うと、にこりと優しい笑みを見せた。
討伐隊は、俺とクティと、そしてジャンヌの三人ということになった。
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酒場にて、俺たちは顔合わせをしていた。
あの時は話ができなかったが、今はクティを介してジャンヌとしゃべることができる。ジャンヌは、まず俺に、礼と謝罪をした。律儀な女の子である。歳はおれより下だろうが、自分で言うのも何だが、俺よりも全然しっかりしている。
よし、リーダーは彼女にしよう。
俺の意見はすんなり通って、パーティーのリーダーはジャンヌになった。
反対意見がないと、それはそれで寂しいものだが、仕方ない。ええと、確か彼女は、ヒサトの話によると、女神と約束を交わした、『聖約の戦士』なのだという。詳しいことは知らない。
さて、俺たちはまず、カナンという港町に行こうということになった。王都から最も遠い港町で、〈ならず者の町〉の異名を持つ。要するに、都から遠いために監視の目が行き届かい町なのだ。
悪人が身を隠すならこの町以上の場所はない。
陸路と海路、俺たちは海路を選んだ。
海路なら魔物に襲われる心配も少なく、疲労も最小限で済む。かかる時間も、船に乗ってしまえば陸路よりも早い。順調に行けば、ここから三日ほどで辿り着く。
話がまとまったところで、俺たちは酒を飲み交わした。
俺もジャンヌもクティも真面目だから、酒を飲みながら作戦会議などしないのである。クティは酒が弱いらしく、ジョッキにリンゴのジュースを入れて貰って飲んだ。
ちなみに、酒場で酒以外のものを頼むと馬鹿にされる、というようなシーンがあるが、ここではそんなことはなかった。酒場は酒の為だけの施設ではなく、言うなればファミレスのような、気軽な場所なのである。
夜はさすがに子供はいないが、昼間などは親子連れも普通に来るし、店もお子様ランチのようなメニューを用意している。ジュースも豊富にそろえている。よそ者を嫌うということはあるが、クティとジャンヌの連れということで、俺は別段変な顔をされずに済んだ。
ジャンヌは、しとやかそうにワインのような酒を飲むのだが、その飲む量はすごかった。気づくとジョッキが空になっていて、若い雇われ店員がその都度やってきては、銀貨を受け取り、ジョッキに並々と紫の液体を注ぐのだった。
それだけなら良いのだが、彼女は、気を利かせてか、俺にも酒をどんどん勧めてきた。注がれては飲むしかないと、俺も頑張る。特別強いわけではないが、決して弱くはない。
だが――俺は最初からどうなるか分かっていた。
俺だって、そこまで強くはないんだ。毒耐性とかあれば、酒、強くなるのかな。アルコールは毒じゃないから無効か? ぼんやりした頭でそんなことを考える。
ジャンヌは、まだほろ酔いという感じで、頬が良い感じに薄紅に染まっている。クロイツとやりあっていた時は、戦士っぽい男勝りの、近寄りがたい女性だと思っていたが、その認識は間違っていたのかもしれない。
何を言っているのかはわからないが、彼女はクティと言葉を交わして、けらけら笑っている。その笑顔の眩しいことといったらない。リア充オーラ全快、自信に満ち満ちている。恐らく内向的であるクティも彼女には平気で笑顔を見せたり、話しかけたりしているところを見ると、ジャンヌは、世間一般の女剣士とは少し違うようだった。
俺がぐでんぐでんに酔っぱらってしまうと、ジャンヌは、水を持ってきて飲ませてくれたり、濡れた布で首筋を冷やしてくれたりと、色々と手を焼いてくれた。クティもその頃になると、いちいちジャンヌの言葉を翻訳してはくれなかったが、どうせ言われたところで、俺も反応できなかっただろう。
俺の記憶は、半ば曖昧だ。
ジャンヌが優しかったのは覚えている。その酒場の二階の宿に運ばれて、ベッドに寝かされて……そして――。
気づくと俺は、船の中にいた。
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