第24話 クロイツの最期

 気づくと、俺は草の上に転がっていた。

 周りには、壊れた監獄馬車と――兵士と馬が血を流して倒れている。すでに死んでいるような気がする。

 何があった?

 いや、クティは無事なのか?


 振り返ると、クティも草の上に寝転がっていた。

 俺はクティにもとに駆け寄り、息があることを確認した。外傷もない。良かった、無事だ。


「グリム、さん……」

「一体何が……」


 クティは、ぼんやりした目で周りを見るのみだった。彼女にも、わけがわからないのだろう。


 と、兵士の悲鳴が聞こえてきた。

 監獄馬車の蔭から、兵士の体が飛んできて、どさりと草の上に落ちた。クティは悲鳴を上げ、俺の背中にしがみついた。


 バキバキバキ――。

 ベキンッ!


 馬車が、真っ二つに裂けた。

 そして――剣を抜いたクロイツが現れた。だらりと下げた剣の先から、血の滴が垂れ落ちている。


 クティが小さく何か呟いた。

 クロイツの名前か何かを呟いたのだろう。


 クロイツの顔は、すっかり邪悪な悪人面になっていた。どこにだしても恥ずかしくない下衆顔だ。着ている服とそのもともとのハンサム顔とのギャップがひどい。目は、悪魔のように赤く輝いている。

 クロイツは、俺たちを見つけると、ゆっくり近づいてきた。


 これはまずい。

 魔法を使ってこの足枷と手枷を何とかし――あぁ、魔法使えないんだった! この足枷と手枷のせいで!

 鉄製だから、そう簡単に壊せるしろものじゃない。

 あぁ、そうか、針金を使えばいいのか!

 馬鹿野郎、針金一本で鍵を開けるような技術、俺にはないんだよ。しかも今は、その針金すらないんだぜ?


 ちょっと、タイムタイム!

 魔法を使えない魔法使いとか、タコの入ってないたこ焼き、いや、餡の無い餡団子みたいなものだろう。


「クティ、ちょっと時間を!」


 クティは、俺の意図を察したのか、クロイツにいろいろと聞き始めた。

 クロイツは、邪悪な笑みを浮かべたまま、何か答えている。

 いや、聞かなくたって大体の事はピンと来てるんだ。


 やっぱりクロイツは毒殺犯の一味で、王子に毒を盛る代わりに報酬を得た。王子は死に、犯人もその場で殺すつもりだったが、誤算が生じた。俺たちが、龍老人の杖を持ち帰り、王子が助かってしまったのだ。

 王子やマハルとかいう宮廷魔術師の手前、こいつはその場では俺を殺せなかった。だから通例にのっとり、俺を町に運んだのだろうが――このまま俺を町に送れば、俺は町の法で裁かれることになる。そうなれば、俺を犯人に仕立て上げることができなくなってしまう。流石にこいつも、町の裁判に口出しすることはできないのだろう。


 となれば、こいつが保身のためにとれる選択肢は一つ。

 ここで、全ての罪を俺に擦り付けて殺す。

 ――絵にかいたような外道だな、こいつは。


 いや、予想はしていた。

 俺を運ぶのに、わざわざクロイツが付き添う必要はないのだ。ジャンヌとか、他の人間に任せればいい。それなのにこいつは、王子の護衛よりも、罪人の輸送を優先している。

 何かおかしいと思ったんだ。

 だが、まさか本当に、仕掛けてくるとは。


 さぁ困ったぞ。

 クティが時間稼ぎをしてくれているが、全くこの状況を打開する方法が思いつかない。この手枷と足枷が――硬いんだ。魔法が使えればこんな鉄くらい……けどこの枷は、その魔法を使えなくしてしまう。


 ちくしょう!

 ここまでか!?

 いやでも、こんなクソ野郎に殺されるのは嫌だ。しかもこいつは、この場にいる人間を皆殺しにするつもりだ。クティも、殺されてしまう。


 何かないか? 何か、方法は……。


「クロイツ様は、グリムさんを、犯人に、仕立て上げる、つもりですっ……!」

「え? あぁ、うん」


 知ってる知ってる。

 クティの時間稼ぎもここまでが限界のようだ。

 クロイツが、目の前までやってきた。

 唾でもひっかけてやるか、せめてもの抵抗として……。

 剣の先を俺の頬に当ててご満悦そうだな、この野郎……。


 ちくしょう……。

 お前な、【ダークメイジ】舐めるなよ……。こうなったら、だめもとだ。供血魔法にかけよう。なんか、あれならミラクルが起こせるような気がする。



 魔法が、使えた!?

 この感覚、今、俺の両手に黒い魔法の灯が灯っている。『ダークアロー』だ。

 でもなんで使えた?

 供血魔法は封印されないのか?

 それとも、『アビスブースト』の効果、なのか?

 だが、検証は後だ。

 今はこいつを、殺すのが先だ。


『ダークアロー』を放つ。

 俺の背中から、突然出てきた二本の矢には驚いたことだろう。サソリの尾針ごとく、矢はクロイツの胸を突き刺した。

 よろめくクロイツ。

 透かさず、『デボートキュア』。そして『ダークアロー』。


 クロイツが叫び声をあげる。

 なんだよその人間アピール。痛みだけはいっちょ前に人間か? でもお前はダメだ。自分の都合で簡単に人を殺すし、容赦するつもりはない。

 とはいえ、枷のせいか、魔法が弱い気がする。

 上手く力が入らない、入り切っていない感じだ。それでも、クロイツにとっては堪えるらしい。声を上げて苦しがっている。


 ――うん、流石にちょっと、憐れみを覚える。

 が、俺がここで手を緩めれば、奴は俺とクティを殺しにかかるだろう。俺はともかくとして、クティの命とこいつの命、どっちを取るかなんて、考えるまでもない。

 むしろこの下衆野郎は、ここで、しっかりきっちり、さくっと殺しておかなければならない。

 つまり俺は今、殺人を犯そうとしているわけだ。


『デボートキュア』。

 俺にとっては力の抜けた、弱い『デボートキュア』だったが、一応体は人間であるクロイツには、その苦痛に抗うことができなかったらしい。

 気づけば――。


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名前 :クロイツ

クラス:ホーリーナイト(『ダークネス・カースⅣ』)

 Lv:1/60

・青鷲親衛隊の新人。

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 虫の息だった。

 もう、放っておいても死ぬだろう、俺は、魔法を収めた。人間の場合は魔物と違って、死んでも消えない。

 暫くすると、クロイツは死んだ。


(レベルが18から21に上がりました)


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名前 :クロイツ

クラス:屍

 Lv:――

・クロイツの死体。

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 起き上がり、クロイツの死体を見下ろす。

 俺が、殺したんだな。

 手を汚していないせいか、人を殺したという実感がわかない。やってしまったという罪の意識よりは、あっけなかったなという、一種の寂寥感に近い感覚を覚える。


「クティ、そいつの腰の袋、取って」

「はい」


 それは俺の金だ。

 クティは素直に袋を取った。手が震えている。

 見渡せば、馬も人も、皆死んでいた。


「町に、行きましょう」


 クティが言った。

 それ以外ないだろう。ここで逃げたら、俺はあらゆる罪を一身に背負うことになる。それよりは、クティを頼りにして、町で正当に裁いてもらう方が遥かに良い。


 リノーまでは道の途中、クティとの会話はあまりなかった。

 リノーに着いたのは、その日の日没の頃だった。


 ちなみに手枷足枷は、俺の魔法では結局壊せなかった。

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