第23話 濡れ衣

 白い湯気の中から現れた俺たちは、さしずめ、隕石の脅威から地球を救って帰還した英雄のようだったかもしれない。実際には、妖精が温泉に入るのを覗き見したいエロ爺のために、猿の化け物を倒しただけにすぎないのだが……。


 それはともかくとして、俺とパトラッシュは、クティの案内に従って、王子の泊まっている宿に向かった。

 宿の前には、十名ほどの兵士がいて、ばたばたと駆けまわっていた。

 王子を救うために、いろいろと手を尽くしているのだろう。


 兵士たちは俺たちを見つけると、すぐに臨戦態勢をとった。

 あっという間に囲まれる。

 兵士たちの声を聞いたのか、宿から剣士が出てきた。クロイツである。クロイルは、クティを見つけて眉を顰めた。クロイツは何かクティに言い、クティはそれに答えた。二人の問答が続く。


「あいつ、何て言ってるんだ」

「私たちを、疑っています」


 クティが何か言ったあと、龍老人の杖を掲げた。

 流石に兵士たちも声を上げ、構えを解いた。

 クロイツは、ぎょっとしてる。

 白い法衣を纏った男が、宿から出てきた。


「宮廷魔術師、マハル様です」


 クティが小声で教えてくれた。

 そのマハルという宮廷魔術師は、四十がらみの男であったが、疲労のために十も二十も年老いて見えた。目の下にはゴシックメイクのような紫の隈、足取りはよたよたと覚束ない。


 マハルは杖を見ると、何か呟いて、震えた。

 クティはマハルに杖を渡し、杖を受け取ったマハルは、そのまま宿の中に入っていった。早速杖を使って、解呪魔法を試すのだろう。しかし、あの状態で、大丈夫なのか?


 時間が過ぎる。

 クティは心細そうにしているが、無理もない。彼女は学者で、こんな風に、武器を持った男たちに囲まれた経験などないのだろう。俺だって、つい最近まではそんなことなかった。


 やがて――叫び声が宿から聞こえてきた。

 それが悲鳴なのか、喜びの声なのか、よくわからない。暫くして、再びマハルが宿から出てきた。マハルはクティに駆け寄ると、その小さい身体をぎゅっと抱きしめた。

 おい、どさくさに紛れて何してくれてんだお前!


「解呪が、成功したようです」


 クティが教えてくれた。

 マハルが何事か指示を出すと、兵士たちは武器を収めて、さっとその場を後にした。こうなってくると、面白くないのはクロイツである。

 だが、お前はもうおしまいだぞ。

 証拠もないまま俺を犯人扱いしておいて、しかも、その犯人に主人の命を助けられたのだからな。ハゲ鷲親衛隊か何だか知らないが、除名もあるんじゃないか? そしてお前が消えて空いた席には、あの女騎士――ジャンヌが座る。

 良いシナリオだな。


 ――って、何でまだ俺は囲まれてる。

 しかも、兵士が増えた!?

 何、どういうことだよ、クティ!


「クロイツ様は、グリムさんが、犯人だと、言っています」

「そいつは馬鹿なのか? どうしたらそういう風に考えられる!」

「全て、グリムさんの、自作自演、だと……」

「あいつの自作自演だろうがよ!」


 おい、なんで宮廷魔術師のおっさんは宿に引き返した!?

 お前、王子が無事なら何でもいいって口か! そうかそうか、つまり君はそういう奴なんだな。ちくしょう、ここまでしたのに、全部裏目に出たってわけか!? 結局、クロイツの一存ってことか!


 クティが、懸命に何かクロイツに言ってくれているが、クロイツは、クティの方を見向きもしない。なんというダメな上司の典型なんだ。そんなことよりも、王子に毒を盛った犯人を捜すのが先だろうが!


 クロイツ犯人説は俺の中で消えた。

 こんな馬鹿なやつが犯人なわけない。犯人は、王子を取り巻くこのダメダメな人事状況を知っている奴だ。クロイツはきっと、そいつの掌の中で踊らされている。そして、奴が踊れば踊るほど、周りが迷惑する。


 兵士たちが、じりじりと包囲を狭めてくる。

 魔法を使えば、きっとこの包囲は突破できるだろう。だが、それをしてしまったら、俺はお尋ね者だ。賞金首とかになるかもしれない。食い逃げや器物破損ならまだしも、暗殺である。王子の暗殺未遂。

 これはもう、ガチでヤバいやつじゃないか。「見つけ次第殺せ」的なお尋ね者のされ方をするやつじゃないか。もうお天道様の下を歩けない。


 じゃあ、捕まるか?

 あぁ、出たよまたこういう究極の二択。

 捕まるか、逃げてお尋ね者になるか。

 ここが日本なら、捕まってもいい。警察やら検察やらが俺の無実の証拠を集めてくれて、無罪を勝ち取ってくれる。


 だがこの世界は、法なんて絶対に整備されていない。

 捕まったが最後、あることないこと、びしょびしょの濡れ衣を重ね着させられた挙句、斬首台へという流れが、容易に想像できる。


 どうする俺。どうするよ!

 このままだと、兵士に揉みくちゃにされて捕まる。絶対無意味に、殴る蹴るの暴行を受ける。捕まるにしても、痛いのは勘弁してほしい。

 クティが、一生懸命訴えてくれている。

 クロイツは例によって全然聞いていないが、なんだか心が温まる。


「パトラッシュ、動くなよ。心配いらないからな!」


 とりあえず、パトラッシュは遠ざけておく。

 今にも兵士たちに飛び掛かりそうだった。名前によらず、パトラッシュはかなり、喧嘩好きっぽい。今パタラッシュが出てきたら、俺はパトラッシュを守るべく、戦うしかなくなる。


 俺は、両手を上げた。

 武器は最初から持っていないし、特に捨てるものもない。

 カバディのように、兵士がわあっと掴みかかってくる。

 ――いたたたっ! ちょっと、殴るのはっ……、勘弁――。


 こうして俺は意識を失った。



 気が付いたとき、俺は監獄馬車の中にいた。

 ――女の子が俺の無事を安堵して泣きついてくるのをちょっとでも期待した俺が甘かった。硬い木の床、鉄の柵。両手は後ろ手にされて手枷を付けられ、足首にも足枷が嵌められていた。

 まるで罪人だ。


 上半身を起こして、周囲の状況を確認してみる。

 この馬車の周りには六人の兵士。この列の先頭には馬に乗った騎士が一人。青いマントに鷲の紋章が見える。クロイツだろう。

 クティは、いないのだろうか?


 後ろを見ると、ありがたいことにクティがいた。

 二人乗りの簡易馬車に、一人で座っている。

 クティも俺に気付くと、声をかけてくれた。


「大丈夫ですか、グリムさん!」


 俺はとりあえず、ホッとした。


「これ、どこに向かってるんだ?」

「リノーです。私たちの、町です」

「なるほど……」

「グリムさんの、無罪は、私が絶対、証明、します!」

「うん」


 是非そうしてほしい。

 今頼れるのは、情けないことに、君しかいないんだ。

 さっきから魔法を使おうとしても使えないし、逃げることもできない。きっとこの、手枷足枷のせいなのだろう。

 だが、『アナライズサイト』は有効だった。


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名前 :封魔の手枷

クラス:アイテム

・低位の魔法(Lv2相当までの魔法)を封じる手枷。

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 足枷も同じである。

 つまりこれを嵌めている以上、今の俺は何の魔法も使えないということになる。パッシブスキルまで封じられるのか、それともアクティブスキルのみを対象にするのかはわからない。

 だが、魔法が使えたとしても、脱獄なんかはしたくない。それでは、殴られてまで捕まった俺の努力が無駄になってしまう。とにかく、正当な裁きによって、俺は無罪を勝ち取る必要がある。お尋ね者にはなりたくない。


『翁の事典』と『ステータス巻物』は、問題なく出すことができた。

 両手を使えない俺だが、事典も巻物もそこは新設設計で、俺が見やすいように勝手に開いてくれた。兵士たちは、俺のことなど見てはいない。この無関心が、今は好都合だ。

 とりあえず今は、やることもないし、更新されたステータスでも確認しておこう。あの猿との戦いで、随分と新しいスキルも覚えたようだし。


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名前 :グリム(『ウルドの呪い』)

種族 :アニマン

クラス:ダークメイジ

Lv :18/60

HP :60/63

Stm:83(43%)

MP :80

神具 :『ステータス巻物』『翁の事典』『翁の地図』

装備 :『翁に貰ったローブ』


パッシブスキル:

『マナマネジメントLv2』『リリーブヘイトLv1』『プレシーブセンスLv1』

『ダークフォースマスタリLv2』『アビスブーストLv1』『呪い耐性Lv1』


アクティブスキル:

『ダークバインドLv2』『ダークアローLv2』『HPポワードLv1』

『デボートキュアLv2』『オーバーヒールLv1』『パペットカースLv』

『呪泉術』


ポテンシャルスキル:

『翁のガイドライン』『秘められた魔術師の才能』『聖母の手』

『デュアルプレイ』『アナライズサイト』『黒魔術の才能』


称号:

『異世界から来た男』『ウルド最後の希望』『小さな救世主』

『借金ベイビー』『癒者』『レッドライカン討伐者』

『逃げる男』『魔道に入る者』

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 いつの間にか、『翁の地図』を持っていた。

 猿を倒した後、ぼんやりしている間に受け取ったのだろう。これは、あとで確認するとして――。


〈呪い耐性〉

・呪いに対する抵抗力。


〈アビスブースト〉

・供血魔法の効果が増大する。


〈供血魔法〉

・生命力を消費して使う魔法のこと。


〈ダークバインド〉

・呪いにより対象の自由を奪い、苦痛を与える魔法。

・対象にダークネス・カースの呪いを与える。

・無生物を対象にした場合はテレキネシスと同じように使うことができる。


〈ダークアロー〉

・呪いの矢により、対象に苦痛を与える魔法。

・対象にダークネス・カースの呪いを与える。


〈呪泉術〉

・水をダークネス・カースの呪いで汚染させる魔法。


 どんどん邪悪なスキルを覚えていくな。普通っぽかった『テレキネシス』も『ダークバインド』なんていう、名前だけでも恐ろし気なスキルになってしまった。なんだよ、「苦痛を与える」って。

『呪泉術』に関しては、ただの迷惑行為である。こんな魔法、使う機会あるのだろうか。俺が魔王なら毎日でも使うのだろうが、残念ながら俺は魔王じゃない。ただの、元サラリーマンである。


 はぁ、溜息しか出ない。

 こんな牢屋に入れられて、俺はどうなってしまうんだろう。

 そんなことを考えていると、急に、馬車が止まった。

 マンティコアが道を横断したのかと、ファンタジーな想像をして顔を上げる。いっそ本当に、そんな魔獣が現れてくれればいいのにと、捨て鉢な気分にもなる。


 顔を上げる。

 馬車を運ぶ馬と、クロイツの憎らしい背中、他に特別なものはない。なんだ、ここで休憩でも取るのだろうか? まぁ、好きにしてくれ。どうせ囚人だし、俺も俺で勝手に雲の数でも数えてるよ。


 ころん、と床に寝転がる。

 その瞬間――衝撃が全身を襲った。

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