第21話 呪われた戦い

 人の三倍ほどもある巨大な猿だった。

 黒い体毛は、ところどころ血がこびりついたようにぺったりしている。目はやけに大きく人形のようで、口は、顔を横断するように耳まで裂けている。

 まさに魔物、化け物、怪物と云われるような代物で、これに比べれば、レッドライカンもゴーレムも、ぬいぐるみのように思えてくる。


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名前 :――

クラス:ジュカイエン

 Lv:48/50

・邪悪な猿の魔物。〈猿鬼〉とも呼ばれる。

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 四匹のジュカイエンは、一気に飛び掛かってきた。

 咄嗟に手を出し、『テレキネシス』を放つ。

 ジュカイエンは空中で止まり、手足をばたつかせている。あと一瞬遅れていたら、あの太い腕やら鋭い牙やらに、滅茶苦茶にされていたことだろう。

 俺は、三匹を放り投げ、一匹はそのまま空中に浮かせ続けた。

『テレキネシス』を使いながら、右手をその一匹にかざす。『ダークアロー』の暗黒の矢が、ジュカイエンの無防備な腹に突き刺さる。二つの魔法を同時に使う、『デュアルプレイ』である。

 もう一発『ダークアロー』を見舞って、『テレキネシス』を解いた。『テレキネシス』は、使っている間中、ずっとスタミナを消費し続けるため、十秒も使うとかなり疲労するのである。


 ダークアローを二発受けたジュカイエンだが、すぐに立ち上がった。小赤鬼とは比べ物にならないくらい、タフだ。

 ――いや、これは単に、ジュカイエンがタフなわけじゃない。ジュカイエンとダークアローの、相性が悪いのだろう。闇属性の魔法が効きにくいということは、ジュカイエンにはその耐性があるのかもしれない。


 ジュカイエンは、当然『テレキネシス』くらいではへこたれない。

 近くにいる順に、ジュカイエンは飛び掛かってくる。『パペット・カース』は使えれば楽なのだが、「この相手には通用しない」ということが、無意識的にわかってしまっている。


 襲い掛かってきたジュカイエンを一匹ずつ『テレキネシス』で止め、『ダークアロー』で攻撃する。動きの速いジュカイエンに、『テレキネシス』なしで『ダークアロー』を当てるのは、至難の業である。

 だから、無理はしない。『テレキネシス』の分だけスタミナを使うが、四匹であれば、倒せるだろう。


 そうやって、俺は全てのジュカイエンに『ダークアロー』を二本以上放った。二発以上受けても、ジュカイエンの状態異常、『ダークネス・カース』の進行度は『Ⅰ』。かなりしぶとい。

 が、俺の狙いはそこじゃない。


 襲ってくる四匹に対して、俺は軽く手をかざす。

『ダークネスアロー』でも『テレキネシス』でもない。『デポートキュア』だ。『ダークアロー』の傷口を広げる。

 流石のジュカイエンも苦痛を見せ始めた。

 動きが緩慢になる。

 さらに『デボートキュア』を念じ続ける。襲い掛かってきたジュカイエンは、『テレキネシス』で後方に飛ばす。ジュカイエン達の『ダークネス・カース』の進行度が『Ⅱ』になった。

 ――強い麻痺と痛み、スタミナの低下症状。

 それが、現れているはずである。麻痺と痛みに対しては、ジュカイエンはかなり耐性があるようだが、スタミナの低下は、どうやら防ぎがたいようである。息遣いが荒くなっている。


 とはいえ、俺のスタミナも、もう半分を切っている。

 このまま『デボートキュア』で押し切るつもりだが、これはもう、泥仕合だ。向こうのスタミナとHPが尽きるのが先か、俺のスタミナが尽きるのが先か、そういう勝負である。


 一匹死んだ。

 俺は片膝をつく。

 二匹目が死んだ。

 ――腕が下がってくる。だがここで『デボートキュア』をやめてしまったら、ジュカイエンの反撃をくらう。

 残り二匹のジュカイエンは、二匹ともすでに、状態は『ダークネス・カースⅢ』である。もう一息。もうひと押し。

 よし、ぎりぎりで勝てそうだ。


 だが、俺の目算は外れた。

 一匹のジュカイエンが、もう一匹のジュカイエンに襲い掛かったのである。首を喰いちぎり、腹から、血をすするように喰い始める。

 ――何なんだ、こいつらは。

 こんな状況で、どうして共食いなんか……。


 そして俺は気づいた。

 ジュカイエンはジュカイエンで、一つの可能性があったのだ。

 仲間を喰らったジュカイエンが黒いオーラに包まれる。

 そうだ、奴は、今の殺しで、ジュカイエンとしてのレベルを最大まで上げたのだ。ということは、人間でいう所の、クラスエンチャントが可能になる。魔物や動物の場合、それをメタエンチャントという。


 俺はそれを知っていた。

 事典で、〈クラスエンチャント〉の項目を調べた時に、〈メタエンチャント〉の語も拾ったのだ。知識だけはあったのだ。

 が、この瞬間、忘れていた。

 まさか戦闘中に、しかも仲間を倒すことによってそれをするとは、思っていなかった。だが、今更もう遅い。奴が仲間に飛び掛かった瞬間に、『テレキネシス』で、二体を分断すべきだった。


 ――全ては、後の祭りである。


 黒いオーラを跳ねのけるようにして、そいつは姿を現した。

 全体の様子はジュカイエンと大きな違いはないが、目が二つ、腕が左右一本ずつ増えている。より化け物らしくなった。その纏う負のオーラは、ジュカイエンとは比較にならない。

 姿を見るだけで、ぞぞっと背筋が粟立ってしまう。

 同時に、こいつは倒さなければならない、という闘争本能じみた感情も、湧き上がってくる。勇敢とも勇気とも違う。

 恐怖と闘争心、どちらが勝るでもなく、俺はただ、その相反する二つの感情が自分の中に同時に生まれたことを理解した。


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名前 :――

クラス:ヒサルキ

 Lv:1/30

・深い闇の力を得た猿の魔物。

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 なるほど、こいつは猿界の【ダークメイジ】的存在なわけだ。

 通りで、禍々しいオーラを放っていると思った。

 エンチャントして、スタミナも全回復したか。『ダークネス・カース』の効果も消えている。


 ヒサルキが大きく息を吸い込んだ。

 あっ、これはヤバい。

 これはきっと、ブレスが――。


 ぶおおっと、ヒサルキの口から真っ黒い霧のようなものが噴射した。

 俺は、両手をバツの字にして防ぐしかない。念のため息も止める。このブレス攻撃が毒である可能性は十分にある。



 俺は、いつの間にか地面に倒れていた。

 慌てて起き上がって、あたりを確認する。

 まだ目の前に、ヒサルキがいた。ヒサルキは、自分の力を確かめるように、両手を握ったり、開いたりをしている。四本の手には、黒い光が灯っている。


 ヒサルキの放ったブレスの名前が、頭に浮かんできた。

『ダークブレスLv1』。名前しかわからないが……俺の左腕が紫に変色して、だらんと地面に垂れているところを見ると、『ダークネス・カース』とは別種の、あるいはその上位の呪いを付与する攻撃だったのだろう。

 あぁ、左腕はもう、痛みも、痺れも、何も感じない。

 肩のあたりがちくちく痛むだけだ。

 左目の視力も、なんだか落ちているような気がする。


 ヤバいな。

 俺、瀕死だな。スタミナもないし、変な呪い受けてるみたいだし、体はところどころ動かないし……。

 でもなぁ……どうせ死ぬんだったら、このくそったれ猿を倒してからがいいな。


 スタミナがなくなって、もう魔法が使えない。

 だから勝てるはずがない。

 気合で何とかできるレベルを超えている。

 ――だが、俺にはまだ打つ手がある。そもそも俺は、気合に頼るのは嫌いだ。気合なんて確実性のないものは信用できない。

 用は、スタミナを使わない方法で魔法が使えればいいんだ。

 そして俺は、その方法を知っている。

 なにしろ俺は、【ダークメイジ】だからな。


(パッシブスキル『ダークフォースマスタリ』のレベルが1から2に上がりました)

(パッシブスキル『アビスブーストLv1』を会得しました)


 俺は、まだ動かせる右手を、ヒサルキに突き出した。

 黒い光が宿り、そこから、『ダークアロー』の漆黒の矢が放たれる。ヒサルキはそれを避けようとするが――させない。『テレキネシス』で動きを封じる。

 目眩が……そして、吐き気。

『ダークアロー』がヒサルキの腕に突き刺さる。


 ――絶叫。


 ヒサルキが『テレキネシス』を破った。

 左の一本の腕をだらんと垂らしたまま、飛び掛かってきた。

 これ以上血を使ったら、気を失ってしまうかもしれない。

 こうなったら――腕だ。

 この、腐って使えなくなった腕を代償に――『テレキネシス』。


(アクティブスキル『テレキネシスLv2』が『ダークバインドLv2』に変化しました)


 ヒサルキが空中で制止する。

 その体に黒い靄の鎖が巻き付いた。ヒサルキは、怒りと苦痛に、じたばたと手足を動かし、悲鳴を上げた。

 だが俺は攻撃を緩めるつもりはない。

 さらに『ダークアロー』をうち込む。


 ヒサルキはまだ生きている右の一本の腕で矢を受けると、歯を食いしばり、大きく息を吸い込んだ。『ダークブレス』である。

 ――くらうわけにはいかない。


 俺はヒサルキを宙に釘付けにしたまま、『オーバーヒール』をうち込み、さらに『デボートキュア』を念じた。

 ヒサルキは苦痛に負けたのか、『ダークブレス』をやめて悲鳴を上げた。

 しかしヒサルキも諦めない、再び息を吸い込む。

 勝負を決めたいのは、相手も同じか。


 俺は、もうぼやけてほとんど何も見えない左目を代償にして、『ダークアロー』を放った。矢は、ヒサルキの四つの目の一つに突き刺さった。

 ヒサルキは天に咆哮し、『ダークブレス』は再び失敗に終わった。


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名前 :――

クラス:ヒサルキ(『ダークネス・カースⅢ』)

 Lv:1/30

・深い闇の力を得た猿の魔物。

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 ヒサルキは、液体とも気体ともわからない黒い物質を、口から滅茶苦茶に吐き散らした。

 もうちょっとでこいつを殺せる。

 見たかクソ猿め。

 一矢報いてやったぞ、ざまぁみろ!


 俺はヒサルキを空中に止め、再び『デボートキュア』を念じる。

 両手に闇の灯が宿る。

 瞼を閉じる。

 俺も、息が、吸えなくなってくる。一つ一つ、感覚が消えてゆく。


 俺が死ぬのが先か、ヒサルキにかかった『ダークネス・カース』の進行度が『Ⅳ』になるのが先か。俺ももう打つ手はない。HPもスタミナも底、虫の息だ。

 だがわかる。目が見えなくても。

 奴も、同じような状態だ。

 さぁ、どっちが生き残る。

 あるいは、どっちも死ぬか。



 すうっと、ヒサルキの闘気が消えた。

 俺は、目を開けた。

 ヒサルキの巨体が横たわっていた。


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名前 :――

クラス:ヒサルキ(『ダークネス・カースⅣ』)

 Lv:1/30

・深い闇の力を得た猿の魔物。

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 俺の、勝ちだ……。


(レベルが9から18に上がりました)

(パッシブスキル『呪い耐性Lv1』を獲得しました)

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