第19話 解毒の可能性

 クティの話をまとめるとこういうことだった。

 カール王子は、この町にお忍びで遊びに来ていた。クティをはじめ、宮廷の役人や楽師などを幾人か連れてきている。クロイツは、ルノアルド王家に仕える騎士団〈青鷲親衛隊〉の新人で、護衛としてカール王子の一行に加わった。

 ジャンヌは〈青鷲親衛隊〉ではないが、その実力と誠実さから、カール王子自らの推薦で一向に参加させたのだという。ゆくゆくは〈青鷲親衛隊〉に、とも考えているらしい。


 カール王子に盛られた毒は〈グノヴァ・チゴニア〉というものだった。

〈チゴニア〉という生物由来の毒に、〈グノヴァ〉という呪毒を合わせたものだという。毒はカール王子の朝食の一皿、ウサギの肉に仕込まれていた。毒には強力な隠ぺい魔法が施されていて、カール王子に付き添う宮廷魔術師も、毒を見抜くことができなかった。


〈チゴニア〉

・クノッカコアラの持つ毒。別名〈熱毒〉。

・摂取すると筋肉の麻痺と高温の発熱症状が現れる。処置をしなければ熱は80度以上に達し、10日以内に死に至る。

・チゴニア解毒剤や中位の解毒魔法によって解毒が可能である。


〈グノヴァ〉

・代表的な呪毒の一つ。

・この呪毒自体には毒性はないが、他の毒と合わさることによって、その毒の解毒を困難にする。その特徴から〈ポイズン・ガーディアン〉と呼ばれる。

・中位~高位の解呪魔法によって解呪可能。

・グノヴァ複合毒は、グノヴァの解呪から始める必要がある。


 事典にもしっかり載っていた。

 もっともこの事典、俺の知りたいと思うことに合わせて項目が増えるらしい。それはまぁ、いい。問題は、〈グノヴァ〉に関してだ。

 まさか宮廷魔術師が解呪の魔法を使えないわけがない。恐らく、中位くらいの解呪魔法なら使えるのではないだろうか。問題は、それでも解呪できないということ。――つまり、カール王子に毒を盛った術師の方が、宮廷魔術師よりも力が上、ということではないだろうか? 毒にかかっていた隠ぺい魔術も見抜けなかったみたいだし……。


 そう考えると、黒幕がクロイツというのは考えにくい。

 あれは剣士である。剣士でも多少魔法が使えるかもしれないが、宮廷魔術師に勝る魔法使いである可能性は低い。

 じゃあなぜ、クロイツがジャンヌや俺に罪を着せようとしているのか?


 犯人を捕まえた手柄を得るため、なのかもしれない。

 王子が暗殺され、その犯人すら捕まえられないでは、青鷲親衛隊としての奴の立場がない。だから、せめて犯人だけでも捕まえましたよ、ということにしたいのだろう。


 奴が真犯人を追わないのは……。

 クロイツは、真犯人が手ごわく、自分達では捕まえられないことを悟ったのだろうか。宮廷魔術師の魔法でも王子を救えないと知って、今打てる最善の手を打った……とすれば、クロイツという男、なかなか狡猾な人間である。

 おまけに、ジャンヌという、やがてライバルになるかもしれない剣士の、出世の芽も摘むことができる。


 汚い野郎だ。


 もっとも、クロイツがカール王子を毒殺する計画に加担している可能性は高い。俺とジャンヌを、無理やり犯人にしようとしているのだから。どちらにしても、あのクロイツという男が、ロクな人間ではないことに疑いはない。


 状況は整理できた。

 その上で、この局面を打開できる方法はないものか。

 一番簡単なのは、逃げる事。しかし、逃げれば俺は、カール王子暗殺の全ての罪を被ることになるだろう。カール王子がどれほどの要人なのかはわからないが、お尋ね者にはなりたくない。


 とすると、問題を解決するしかない

 自分の無実を証明するか。いや、クロイツが発言力を持っている限り不可能だろう。俺の発言の信用度など、青鷲親衛隊の騎士様に比べたら、カスみたいなものだろうから。


 他の方法としては、今はとりあえず二つ考えられる。

 一つは、力でねじ伏せる方法。

 もう一つは、王子を救う方法。


 力でねじ伏せる、は一番手っ取り早いが、命が掛かる。その上、お尋ね者待ったなしだろう。つまりこれは、何の解決にもならない。

 すると消去法で、王子を救うしかない。

 だが、どうやって救う?

 宮廷魔術師も解呪できない呪いの毒を、【ダークメイジ】の俺が、何とかできるか? むしろ【ダークメイジ】なんて、呪う側の人間じゃないか。悪化させることならいくらでもできるだろうが……。


「この町に凄腕の【セージ】とか、いないかな?」

「マハル様よりも優れた、【プリースト】は、いないと思います」


【プリースト】。

【セージ】の上級クラスである。宮廷魔術師なんて言ったら、【プリースト】の中でもかなり優秀に違いない。そんな【プリースト】でも対処できないのだから、確かに、こんな観光地に、宮廷魔術師以上の力を持った魔法使いがいるとは、考えにくい。


「クティ、何かいい方法はないかな?」

「カール王子を、救う、方法、ですか?」

「うん。解毒剤の材料になるようなものが……」

「グノヴァが、解ければ、熱毒は、マハル様の、魔法で、解毒できます」

「問題はグノヴァの解呪か……」

「はい。呪いは、魔法によってでしか、解くことができません」

「厳しいかぁ……。魔法の力を増幅させるような杖とか、ないのかな?」

「マハル様の杖、よりも強い、癒しの、力を持った、杖は……」


 そりゃあね、そんなものがぽんぽん転がっているわけないんだ。

 RPGは予定調和。事件には必ず解決の道具が、セットで置いてある。どんなに絶望的な状況でも、進行できないイベントはない。

 これだから、リアルはクソゲーとかって言われるんだ。

 大体が、解決の道具が用意されていないイベントの連続。


「あるかもしれません」

「え? マジで?」

「??」

「あ、ええと……本当に、そんな杖があるの?」

「伝説です。この温泉は、龍老人の杖で突いて、湧き出たと」

「ほ、ほぉ……」

「源泉に行けば、その杖が、あるかもしれません」


 早速事典で調べてみた。


〈龍老人の杖〉

・???


 肝心なことが書いていない。

 何だよ『???』って。だが、項目にあるということは、それは、『ある』と考えていいのだろうか。まぁ、無い物を載せたりはしないだろうとは思うが……でもなぁ、あの爺さんの事典だからなぁ……。


「その杖なら、呪いを解けるかもしれない?」

「はい。この温泉の、癒しの力の、元になっていると云われる、杖です」

「まぁ……行くしかないか」


 ダメなら逃げればいい。


 俺はクティとパトラッシュを連れて、早速源泉を目指す旅に出た。完全に冒険だ。

 町の北の門から山に向かって伸びる、岩だらけのごつごつした道。薄い湯気が立ち込める。硫黄の匂いは、すぐに慣れた。


 果たしてこの奥に、龍老人の杖があるのだろうか。

 あったとして、それは使い物になるのだろうか。

 そもそもその伝説というのは、どこかの老人の出鱈目なんじゃないだろうか。

 あぁ――老人、という単語にナーバスになっているようだ……。

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