第18話 クティ
ジャンヌに連れられて、温泉街。
白い湯気の町。ゆるゆる歩く人たちを躱しながら走り、冒険者ギルドのギルドホールにやってきた。ジャンヌは道場破りのごとく、思い切り扉を開けてホールに入った。
俺はとりあえず、ジャンヌの後ろに控えることにした。関わり合いたくはなかったが、もう周りは、自分を部外者とは見ないだろう。
ホールにいた兵士が終結し、槍や剣を構えて、ジャンヌの前に立ちふさがる。ジャンヌは剣を抜かないまま、兵士に近づいてゆく。よほど、腕に自信があるのだろう。
ギルドホールの奥から一人の男が出てきた。
青いマントに青いサーコート。ハンサムな、いかにも上流そうな剣士である。
----------------------------------------------------------------------------
名前 :クロイツ
クラス:ホーリーナイト
Lv:1/60
・青鷲親衛隊の新人。
----------------------------------------------------------------------------
なるほど、剣士としての格は、どうやらジャンヌよりも高いようだ。そしてこの二人は今、対立している。状況から見て、兵士たちをジャンヌにけしかけたのは、このクロイツという男と見てよいだろう。
と、二人の話の最中に俺の話が出たのか、兵士や冒険者の視線が俺に向いた。あぁ、目眩がする。どうしてこう、荒事になってしまうのか。
クロイツが何か言うと、兵士がジャンヌに斬りかかった。
そして、俺にも。
俺は『テレキネシス』で襲い掛かってきた兵士を持ち上げ、近くにいたもう一人に投げつけた。ジャンヌもジャンヌで、三人の兵士をあっという間に切り伏せていた。残りの一人は、逃げ出した。
ジャンヌに斬られた兵士が、傷口を押さえて呻いている。
クロイツの整った顔が邪悪にゆがむ。
クロイツは剣を抜き、その切っ先をジャンヌに向けた。何事か、二人は言葉を交わしている。交わす、というよりもぶつけ合うと言った方が良い。
さて、どういうことになっているのか。
どういうことになっていたとしても、戦いは回避できそうにない。だが、俺としては――勝手にやってくれ、と思う。どうせ切った張ったになって、どちらが殺されても、俺に矛先が向くのだろう。誰の矛先が向くかもわからないが、どうせそうなるのだ。
俺、黒魔術使うし。
この局面、一番合理的かつ賢い選択は何か。
戦う? ジャンヌに味方をする?
あるいは、クロイツの味方を?
馬鹿な。
――俺は、さきほど逃げ出した兵士の後を追う様にして、ギルドホールを出た。つまるところ、逃亡した。ジャンヌの、たぶん俺を呼んでいるのだろう声が聞こえてきたが……無視無視。
なんで俺が、剣士同士の内輪もめ的なイベントに参加しなくちゃならない。
とりあえず今日は、宿を変えて、一泊しよう。
明日の朝に町を出て、ほとぼりが冷めたら、また戻ってくれば良いのだ。
グリムは、今日泊まる温泉宿を決めた。
夕食を食べ、温泉につかり、少量の酒を飲み、就寝。明日の朝、出て行くと思うと名残惜しいが、また戻ってくるだと思って、涙を呑もう。
そしてグリムは、目を閉じた。
あの後、ジャンヌはどうなったのだろうか。
関わり合いの無いことだが――。
・
・
・
翌朝、グリムは何者かの気配を感じて目を覚ました。
コンコン、と扉を叩く音。
荒々しさのない、優しい音である。
また鍵をし忘れていたことに気付いたグリムだったが、扉の外の人物は、勝手に入ってくるような人間ではないらしい。
グリムは、扉を開けた。
扉の前には、眼鏡をかけた小柄な女性が立っていた。紺色の丸っこいベレー帽を被り、片手に辞書を持ち、くいっと上目遣いに見上げてくる。保護欲をくすぐる様な、そんな可愛らしさのある女の子だ。
「グリムさん、ですか?」
「あぁ、はい、そうですけど――」
うん!?
この子今なんて言った? 言葉、しゃべらなかったか? 俺の理解できる言葉を!
「私、クティと、言います。突然、お邪魔しまして、すみません」
俺は、感動のあまり言葉を失った。
俺がこの世界の言葉を理解できるようになったのか? それとも、彼女が、日本語を話してくれているのか。ま、まぁどっちでもいい。今は、この喜びに浸りたい。
----------------------------------------------------------------------------
名前 :クティ
クラス:バード
Lv:25/70
・ルノアルドの宮廷学者。
----------------------------------------------------------------------------
俺は、彼女を部屋に招き入れた。
嬉しすぎて、上手く言葉が出てこない。折角話ができるのに、もったいないことだ。
「今日は、訊ねたいことがあり、ここまで来ました。私の、日本言葉は、聞きにくいと思いますが、よろしく、お願いします」
「ううっ、おぢさん、嬉しいよ、ううぅ……」
感動のあまり、泣いてしまった。
あぁ、この子は、俺の言葉を理解してくれるのか。
突然泣き出して、彼女を困惑させてしまった。悪い悪い。
「それで、何を聞きたいんだい?」
紳士っぽく、丁寧に格好つけて言ってみる。
彼女は、背格好は小さいがハーナよりは年上だろう。十八歳くらいか、もしかすると、二十歳くらいかもしれない。
「ジャンヌ様のことを、訊ねに、来ました」
「ほ、ほぉ……」
「ジャンヌ様とは、どんな、関係、ですか?」
「ええと……風呂場の関係?」
かあっと、クティの顔が赤くなる。
言葉が足りなかった。
「昨日風呂場で会って、襲ってきた兵士を一緒に倒した。それだけの関係だよ」
「……本当、ですか?」
え、何で疑うの……。
そして、どういう風に疑っているの?
「カール王子を、毒殺する計画を、たてましたか?」
「え、何の話?」
そして、カール王子って誰だよ。
まぁ、王子なんだろうけど、そんな人物は知らない。世界史で習ったカール大帝の事では当然ないだろうし、毒殺なんて、そんな計画立てるはずがない。
「毒を、ジャンヌ様に、渡しましたか?」
「い、いいえ?」
「ジャンヌ様とは、昨日会ったのが、初めてですか?」
「そうですよ?」
なんというか、事情聴取のようになっている。
世間話でもできるかと思ったが、この子は、それどころではないようだ。
「ジャンヌ様は、貴方から、毒を受け取って、カール王子を、殺そうとした、罪に問われています」
「そんな、無茶苦茶な……」
「証言を、してくださいませんか?」
「俺が?」
「はい」
「そんなことをしてないって?」
「はい」
さて、どうしたものか。
証言するのは構わないが、それはつまり、あのクロイツの前でということになるのだろう。彼が、俺の言葉を信じるだろうか? 素性のしれない、黒魔術師の言葉を……? あの、プライドの高そうな【ホーリーナイト】殿が?
信じるわけがない。なにしろ、問答無用で、ジャンヌと俺を引っ立てようとしたくらいだ。最初から話を聞くつもりなどないのだろう。
――待てよ。
ということは、そのカール王子とやらを毒殺しようとしたのは、あのクロイツって男なんじゃないのか? 死人に口なしじゃないが、犯人を仕立て上げて、処分してしまえば……。
「王子様は、無事なのかい?」
「……」
「まさか、殺された!?」
「いいえ。それは秘密の事です。……言っても大丈夫ですか?」
「うん、誰にも言わないよ」
というか、言えないよ。
俺の言葉、君以外に通じないから。
「カール王子は、体を毒に蝕まれ、瀕死の、状態にあります」
「ジャンヌは?」
「幽閉されています」
「ねぇクティ」
「はい」
「俺が出て行って本当の事を言ったとして、皆、信用するかな?」
「……わかりません。でも、言わないと、言わないと……」
クティは下を向いてしまった。
どうしていいのかわからないのだろう。はっきり言おう。俺も今のところ、どうしたらいいのかわからない。王子がどうなろうが知ったこっちゃないし、剣士同時の派閥争いみたいなことに巻き込まれるつもりもない。
だから、この町を出れば良い――のだが、クティが惜しい。
彼女は、俺の言葉を理解してくれる。
会話ができる。通訳もできるだろう。
頭も良さそうだし、容姿もかわいらしい。
――彼女がほしい。
変な意味でなく。
この子との出会いには、運命を感じる。いわゆる一つの、マナの導きというやつじゃないだろうか。そんな発想がこの世界にあるかどうかは知らないが、何となくそう思う。思いたい。
「ちょっと、皆の関係を教えてもらえないかな。そうすれば、何とかできるかもしれない」
はい、と言って、クティはそれぞれの人物と関係、今の状況を細かく話し始めた。宮廷学者だけあって、話の内容がきっちり整理されている。
あぁ、やっぱり――。
俺はどうしても、この子がほしい!
変な意味じゃないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます