第15話 クラスエンチャント

『――【セージ】が良かろう!』


 この祠の主、なぜか【セージ】を猛プッシュしてくるのだ。


「何がそんなにおすすめなんですか?」

『お主の特性じゃよ。〈聖母の手〉を持っているということは、【セージ】としての成功を約束されたも同然じゃ。是非、【セージ】に』

「いや、さっきも言いましたけど、今それどころじゃないんです。魔物を倒さないといけない。【セージ】じゃ、無理でしょう?」

『いや、お主は【セージ】になるべきじゃ。今は救えなくても、お主が成長すれば、より多くの人の命を――』


 だめだ、この老人は頭が固い。

 俺にとっては、今が大事なのだ。


「【サマナー】はどうですか?」

『だめじゃ、謎すぎる』

「【ダークメイジ】は?」

『危険すぎる。――だから【セージ】に』

「〈黒魔術の才能〉って何ですか?」

『忘れるのじゃ』


 いやいやいや……忘れられるものなら俺も忘れたいが……。

 でも待てよ、『聖母の手』が【セージ】のためのものなら、『黒魔術の才能』は、もしかすると、【サマナー】や【ダークメイジ】のためのものかもしれない。黒魔術、だから【サマナー】よりも【ダークメイジ】寄りな気がする。


「【ダークメイジ】って、どう危険なんですか?」

『命を弄ぶような魔法を使う。魔導師の間でも忌避される魔法をな。【ダークメイジ】の黒魔術は、その使う者の心を闇に染めてしまうのじゃ』

「でも、強いんですか?」

『……』

「じゃあ、【ダークメイジ】で」

『お主、正気か!?』

「お願いします」

『いや、考え直すがよい。それはあまりに――』

「早くしないと、この町が滅びますよ?」

『ぐぬぬ……ええい、どうにでもなってしまえ!』


 丸い『山』型の石から黒い塊が飛び出してきて、俺の中に入り込んだ。

 ずん、と心臓を突かれたような衝撃が体を揺らす。


(【ダークメイジ】にクラスエンチャントしました)

(パッシブスキル『ダークフォースマスタリLv1』を獲得しました)

(パッシブスキル『マナマネジメント』のレベルが1から2に上がりました)

(アクティブスキル『オーバーヒールLv1』を会得しました)

(アクティブスキル『デボートキュア』のレベルが1から2に上がりました)

(アクティブスキル『グレイスキュア』が消失しました)

(称号『魔道に入る者』を獲得しました)


 何かいろいろと変化があったようだ。

 しかし、巻物を開いている時間はない。俺はすぐに戦場に戻った。


 数分のうちに、戦いの様子はすっかり変わっていた。

 レッドライカン・レヴァナントをバックに、ゾンビの歩兵が三十以上。傭兵や兵士たちは、恐怖を知らないゾンビたちに、防戦一方である。

 そしてロッカは、レッドライカン・レヴァナントの足元に倒れ、今まさに、踏みつぶされようとしていた。


 俺は、咄嗟に魔法を使った。。

『オーバーヒール』

 手のひらから放たれた濃い緑の光が、放物線を描いてレッドライカン・レヴァナントの左肩にぶつかる。

 次の瞬間――。


 ブシュ、ズブシャア!


 レッドライカン・レヴァナントの左腕が捥ぎ取られた。

 耳をつんざく様な絶叫。

 続けざまに俺は『デボートキュア』を放つ。放つ、というより、念じる。かざした左手に黒い光が宿り、同時に、レッドライカン・レヴァナントの左肩がひび割れ、首や背中、胴へと傷が広がってゆく。

 これには、さすがのレッドライカン・レヴァナントものた打ち回った。

 なんてエグい魔法なんだ。我ながら……だが、手を緩めるつもりはない。勝負は、殺るか、殺られるかだ。

 ――やがて、レッドライカン・レヴァナントは動くのをやめ、呻き声だけになり、そのうち、呻き声も上げなくなった。そして、最後には静かに灰となって、結晶魔石だけを残して消えていった。


 残るはゾンビ。

 俺は左手をゾンビたちにかざす。左手に黒い光が宿ると同時に、ゾンビたちが、悲鳴を上げてその場に倒れた。じたばたと、動きずらそうな身体を無理やり動かし、苦しみ始めた。

 そう、彼らはもともと傷だらけなのだ。

 その傷を、『デボートキュア』によって広げただけだが、思いのほかその攻撃は、効果的だった。苦しみのうちに、ゾンビたちは朽ち果て、魔石を残して消えていった。


(レベルが1から8に上がりました)


 終わってみればあっけなかった。

 戦いというのはそういうものなのかもしれない。

 気づけば、ハーナが俺から離れていた。数歩の間をあけて、ハーナは、怯えた目で俺を見ている。ハーナと同じような顔で、前線に出ていた戦士たちも、俺に視線を向けている。


 あぁ、そうか。

 俺は黒魔術を使ったんだ。この世界の人たちに忌避された、呪われた力だったんだ。ゾンビにさえ苦痛を与えるような、そんな魔法は、確かに恐ろしい。そして彼らが何より恐ろしがっているのは、そんな魔法を使っておきながら、顔色一つ変えない俺なのだろう。


 だが実際、俺は何も感じていない。

 勝利の喜びも、黒魔術を使ったという罪悪感も。

 ただ、生きててよかったということと、ロッカやハーナが死ななくて良かった、ということだけである。

 スタミナも、まだ全然ある。

 何ならもう一戦、二戦やっても大丈夫なくらいだ。それくらい、俺にはまだ余裕があった。血と汗にまみれた戦場で、明らかに俺は浮いている。


 とりあえず、俺はその場で、怪我人たちに手をかざした。

『オーバーヒール』ではない。『HPポワード』。赤い光の粒が、俺の体から怪我人たちの体に飛んでゆく。彼らはそれを、恐怖に顔をひきつらせたまま受け入れる。


 なんだよこの、やっちゃった感。

 俺、そんなに悪い事したか? 魔物倒しただけじゃん。どんな倒し方だって、勝ちは勝じゃないか。まして卑怯な、騙しうちとかしたわけでもなし。いや、黒魔術なしで戦って死んだら、そっちほうが悲惨なんじゃないのか。

 なのに――何その目! 何怯え!?

 俺よりあのデカブツとかゾンビの方が、絶対怖いだろ。


 なんだよちくしょう、俺だってなりたくて【ダークメイジ】になったわけじゃないんだよ。無難に【エレメンタリスト】とか、【セージ】になりたかったよ。


 ――あぁ、町のお偉いさんがやってきた。

 冒険者ギルドのマスターと、町長。あとはその取り巻きとか副官的な人達だ。皆、顔が引きつっている。笑顔が痛い。みんな苦笑いだ。

 これはきっと、牢屋行きとか、そういう流れに違いない。

 ちくしょう、逃げてればよかった。


 ハーナ、そんな目で俺を見るな。

 まぁでも、そりゃあ怖いか。ただの【ウィザード】だった俺と、【ダークメイジ】の俺じゃあ、そりゃあ全然違うからな。

 しょうがない。君ともこれで、たぶんお別れだ。

 俺は、金の入った麻袋をハーナにほうった。袋はハーナの足元に落ちた。

 何だよ、受け取ってもくれないのかよ。

 おぢさん、泣いちゃうぞ?


 俺は、ギルドホールの近くにある酒場に連れてこられた。

 そうして、金貨50枚を渡されたのだ。

 地図と、馬も貰った。

 それが何を意味するのか、察してしまった。


 出て行ってくれ、ということらしい。

 金は手切れ金。

 地図と馬は餞別か。

 俺を怒らせないために、か、俺を怒らせちゃいけないと怯えているのか。

 くっそ……馬鹿野郎め。そんな、怒るわけないだろう。怒ることはあるが、それで黒魔術を使って誰かに危害を加えるわけがない。ましてこの町をどうこうするつもりなんか、全くない。


 なのに、現実は非常だ。

 こんな真夜中に、町を出て行けって?

 外、真っ黒だよ。町の中だってこんなに暗いのに。

 なんだよ、そろいもそろって、俺をばい菌扱いしやがって。そんなに怖いのか、俺が。俺平和主義者なのに。俺、事を起こすような度胸の無いビビリなんだぜ? それ、知らないだろ?

 そりゃあね、言葉通じないもんね。仕方ないよね。

 仕方ないって何だよ……。

【ダークメイジ】だから暗闇が怖くないとか思ってるのか?


 怖いよ。

 人並みに、怖いよ。

 だって、1メートル先も見えない真っ暗闇だよ。

 はぁ、マジかよぉー、嫌だよぉ……肝試しの比じゃないよ……。


 泣きつけるものなら泣きつきたかった。

 でも、それが許されない雰囲気だった。空気を読んでしまったのだ。空気なんて読まずに、土下座でもして頼み込めばよかった。

 ――なんだ、パトラッシュ、慰めてくれるのか?


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名前 :パトラッシュ

クラス:ハンターホース

 Lv:3/15

・グリムが所有する馬。

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 俺の新しい相棒、駿馬のパトラッシュが、つぶらな瞳を俺に向けてくれる。かわいいな、お前。


 町の門を出た。

 嫌になるくらい、真っ暗だ。思わず立ち止まってしまう。引き返したい。引き返しちゃダメなのか?

 ……ダメ、なのか。


 こわごわ、一歩一歩、進んでゆく。

 地図を見る限り、駅宿まではすぐだ。とりあえず今日は、そこまで行こう。1時間くらいで付けばいいな。魔物が、出なきゃいいな。


 はぁ、何だよパトラッシュ、乗れって?

 冗談いうな。

 乗馬なんてしたことないよ。

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