第13話 ゾンビ軍団

 御用だ、御用だ!

 というのを時代劇で見たことがある。岡っぴきが、大抵は夜に、片手に十手、片手に行燈を持って、町の悪人を追い回す。

 宿を出ると、そんな時代劇の一場面を彷彿させる光景が飛び込んできた。

 片手に剣や槍、もう片方の手に松明や行燈を持った傭兵か兵士だかが、通りを行き交っている。


 カーン、カーン、と鐘の鋭い音が聞こえてきた。

 家に帰る人達、野次馬、兵士、夜盗。いろいろな人間が入り乱れる。

 一体、何が起こったのだろうか。

 しかしこの慌てよう、タダ事ではない。

 火事でも起こったか。


 ハーナが片手に行燈を持ち、くいくいと服を引っ張る。

 引っ張られるがまま、俺は通りを歩く。今は、彼女に従うのが正解だろう。何が起こったのか、彼女は知っている。


 途中、空き地の隅に石造物があった。

 ひっそりと、夜の陰に隠れていたのだが、それが妙に気になった。

 一片80センチほど、高さ1メートル弱くらいの直方体の上に、『山』型の丸っこい石が置いてある。石の左右には鳥居のようなもの――というよりは完全な鳥居そのものがあり、石の手前には皿のような窪みができている。

 地蔵みたいなもの、だろうか?

 それよりも、どうしてこんな時に、こんなものが気になったのだろうか。


『良く来なさった』


 声が響いてきた。


「貴方は?」

『わしは、祠の者じゃ』


 おぉ、と思った。

 翁や、遺跡の老人たちと同じような存在だと感じるが、その二人よりも、随分と威厳がある。やっぱり、こうでなくてはならない。


『クラスエンチャントじゃな』

「――ということは、ここ、祠ですか?」

『いかにも、ここが祠じゃ。祠は、いたるところに存在するが、それに気づく者は少ない』

「なるほど……」

『お主がエンチャントできるのは四つ。【エレメンタリスト】、【セージ】、【サマナー】、そして【ダークメイジ】じゃ。ほぉ、四つものクラスにエンチャントが可能とは、お主には才能があるようだ』

「そうなんですか?」

『さて、どれを選ぶ。わしは、【セージ】を押すが』


 とりあえず、『翁の事典』を開いてそれぞれ調べてみる。


【エレメンタリスト】

 ・属性魔法の専門クラス。上位クラスの【サラマンダー】は、ウィザードの花形。

 ・主に直接的な攻撃魔法に特化し、多彩なアクティブスキルを覚える。

 ・魔法少女は大体これを選ぶ。


【セージ】

 ・回復の専門クラス。上位クラスにプリースト、エクソシストなどがある。

 ・回復魔法の他にも防御魔法などの、神聖な魔法を覚えるクラス。


【サマナー】

 ・召喚魔法の専門クラス。上位クラスにはルーナー、エンチャンターなどがある。

 ・特殊な魔法体系を持ち、未知の部分が多い。


【ダークメイジ】

 ・黒魔術に特化したクラス。上位クラスにはネクロマンサーなどがある。

 ・大陸での大規模な黒魔術師狩りがあったため、黒魔術の多くは失われた。

 ・術の危険性から、存在自体が忌避されている。


 無難なのは【エレメンタリスト】だろうか。

 いわゆる、魔法使いで有名なのはこのタイプだろう。炎や水や風を使って、ド派手に敵を蹴散らしてゆく。いわゆる、火力職だ。

 それから【セージ】。これも、わかりやすい。言うなればヒーラーである。後ろに構えていて、味方を治療したり、敵の攻撃から仲間を守ったりする。これは、良さそうだ。

【サマナー】と【ダークメイジ】については、正直選択肢から外したい。

 これがゲームなら、格好良さそうという理由だけで選んでしまいそうなクラスではあるが、先も言った通り、俺は好奇心よりも恐怖心の方が強い男だ。よくわかっていないものを選ぶのなら、すでに有用とわかっているものを選びたい。


『わしは、【セージ】が良いと思うぞ』


 声の主は、なぜか【セージ】を押してくる。

 理由はわからないが、【セージ】には、なっても良いかもしれない。ただ、【エレメンタリスト】と天秤にかけると、どっちも捨てがたい。

 どっちが良いかな?

 ……まぁ、別に冒険をするつもりはないが、タダでクラスエンチャントができるなら、やっておいて損はないだろう。もうあと五分くらい考えたら答えが――。


 と、その時、地面が揺れるほどの轟音が轟いた。

 ドドドド、という雪崩のような音である。

 続いて、人間の叫び声。

 やはり、火事ではなかったようだ。


「ちょっと、様子を見てきます」


 こんなそわそわした気持ちで、冷静に考えるのなんて無理である。

 先にこの騒動が何なのかを突き止めて、解決できるものなら解決してしまおう。クラスエンチャントは、それからでも遅くない。


 東門へと走る。

 五分ほど走ったところで、グリムとハーナは立ち止まった。

 門が破壊され、家が燃えている。

 その炎は、二匹の巨大な魔物の姿を照らしていた。一匹は石の巨人、もう一匹は――グリムは目を疑った。それは、今日、数時間前倒したはずの、レッドライカンだった。

 いや、少し違っている。このレッドライカンの毛は、毛ではなく炎だ。


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名前 :アムダ

クラス:ゴーレム

 Lv:1/1

・魔術師によって生み出された破壊人形。

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名前 :――

クラス:レッドライカン・レヴァナント

 Lv:30/50

・蘇ったレッドライカン。

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 蘇っただと!?

 なぜ蘇った。そんなことが許されるのか? まぁ、許されるのか。ここファンタジーだし、魔法があるし、ネクロマンサーもいるらしいから。

 いや、今はそれよりも、これをどうやって倒すか、だ。

 この二匹だけではない、その足元には、無数のゾンビがいる。


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名前 :――

クラス:ライカン・レヴァナント

 Lv:30/30

・蘇ったライカン。

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名前 :――

クラス:アンデット

 Lv:1/1

・死霊術により操られた人間の屍。

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 なんだこの、悪霊軍団は。

 そして俺は、とんでもないものを見つけてしまった。アンデットの中に、あのスキンヘッドと無精髭がいた。

 二人とも、死んだのか……。

 いやでも、死ぬほどの何かがあったか? あの後、あそこで一体何があったんだ? とにかく、何かあったらしい。今はどうでもいい。

 今は――。


 逃げるべきか戦うべきか、それが問題だ。

 毎回この二択。

 今はどっちだ。どっちが正しい? 死なない方が正しい。じゃあ逃げるか? 逃げれば死なないか? いや、そうとも言えない。人生、どう転ぶかわからないものだ。――であれば、後悔のない方を選ぶか。

 ……まずい、どっちにしても後悔しそうだ。


 ハーナは早速戦い始めた。

 アンデットに氷柱の魔法を叩きこむ。『アナライズサイト』のおかげで、見ればその魔法が何かわかるようになった。ハーナの使っている魔法は、『アイシクルアローLv1』。

 アンデットの体に突き刺さる。

 が、動きを止めない。

 そりゃあアンデットだから、痛みがないのだから、動き続けるだろう。五発くらい命中して、やっと一匹倒れた。

 くらりと、ハーナが倒れそうになる。

 頼むからスタミナ切れにならないでほしい。そこまで頑張られると、俺に逃げるという選択肢がなくなってしまう。


 やっぱりアンデットなら、効くのは火とか光だろう。

 じゃあなぜ俺が『ホーリーアロー』を使わないか。それは、単純に、魔物の数が多いからだ。『ホーリーアロー』は、撃てて十発。魔物は二十匹か三十匹か、とにかく多い。ちまちまやって十匹倒したところで、ゾンビは殲滅できないし、デカブツ二匹の相手はいよいよできなくなってしまう。


 傭兵やこの町を守る兵士たちも戦っていた。

 やはり【ファイター】が多い。皆、パッシブスキルの『ソードマスタリー』があるから、それを受けて、剣が青白く輝いている。しかし、だからといって、ゾンビたちを圧倒できるわけではない。

 ゴーレムとレッドライカン・レヴァナントにいたっては、剣でちまちまやっていても埒があかない。強い【ファイター】なら倒せるのだろうが、どうやらここには、そんなに強い【ファイター】はいないのだろう。


 あぁ、ついにハーナが倒れた。

 スタミナ切れだ。

 これで俺に逃げるという選択肢は――いや、まだある。彼女は軽いから、抱えて逃げれば逃げられないこともない。相手はゾンビだし、脚が遅い。

 逃げようか?

 何しろこの状況、戦っても勝てる見込みはない。気合で何とかなるレベルを超えている。「じゃあ、この町が魔物に蹂躙されるのを黙って見過ごすのか!」なんて言ってくる仲間もいないから、俺は逃げる自由を束縛されない。


 俺は臆病者か? 卑怯者か?

 この状況で、逃げる人間を蔑む奴がいたとしたら、そいつこそ真のクズだ。きっとそうだ。そう思わなかったらやってられない。

 よし、逃げよう。

 どこへ逃げるか?

 とりあえず町の外、一番近くの駅宿に。


 そう思ってハーナを抱きかかえた時、派手な爆発音がして、ゴーレムが仰け反った。一人の【ウィザード】が、魔物の前に立っていた。いや、【ウィザード】ではない。

 彼女は――【エレメンタリスト】だ。

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