第9話 ライカンの群れ
砦は、丘の上に建っていた。
白い毛の、人ほどの身長の獣人が、剣を持って付近を徘徊している。うようよと、というほどではなかったが、視界に映る限りでも十匹はいた。白い毛に、犬の頭を持った人型の魔物である。
曇り空の下、岩陰に身をひそめる。
スキンヘッドの鼻息が体にかかるのが苦痛だ。
さて、どう戦うか。
一匹に気付かれれば、恐らく他の獣人も駆けつけてくるだろう。
かといって、いつまでもここに身を隠していても、レッドライカンは倒せない。レッドライカンは、砦の中にいるのだから。
正面突破か?
いやいや、怖すぎる。
誘き出すか?
ここでうろちょろしたところで、ボスが砦から出てくるようには思えない。
なるほど、60グロウルのクエストだ。
無精髭とスキンヘッドは何やら小声で作戦を話し合っているようだが、二人とも肉体派の戦士である。何か気の利いた作戦を考えつくとは思えない。いやしかし、彼らが場数を踏んだベテランだとしたら、こういう時になにか役立つ知恵や知識を駆使して――。
「「⟒⟔⟡⨪―!」」
二人は、掛け声とともに近くの獣人に突っ込んでいった。
やっぱりだ、思った通り。肉体派にちょっとでも期待をした俺が馬鹿だった。
グリムも、二人の後に続いた。
わあっと、周りにいた獣人が群がってきた。
脳筋二人は、最初の一匹を奇襲で倒すと、二匹目に取り掛かった。二人とも、よく怖くないな、と思った。かといって、別に関心はしない。
感心に値するのは、二人の実力である。このクエストを受けるだけあって、なかなか強い。というか、気迫がすごい。獣人も恐ろしいが、二人の迫力はそれに勝っている。
でも俺は、そんな無茶はしない。
というか、できない。別に剣道や柔道をやっていたわけでもないし、むしろ、殴り合いの喧嘩すら、子供の頃から今までしたことがない。別段俺がひ弱なのではなく、日本人の大概がそうだろう。
そんな人間が、何も考えずに彼らのように飛び込んでいったらどうなるか? いや、彼らが何も考えていない馬鹿と言いたいわけではない。魔物と肉弾戦ができるスキルがない人間は、それにあった立ち回りをしなければいけないという話だ。
まず、距離を取る。
これはもう、基本中の基本だ。
それから、気配を消す。
鬼ごっこの要領だ。鬼ごっこくらいはやったことがある。あれの強い奴は、自分が最後の何人かになるまで、気配を消して体力を温存しているものだ。そして俺は、鬼ごっこではなかなかにやるほうだった。
中学に上がり、本気で鬼ごっこをする機会はなかったが、その腕は鈍っちゃいない。――鈍っちゃいないと思いたい。
(パッシブスキル『リリーブヘイトLv1』を会得しました)
どうやら、敵から見つかりにくくなったらしい。確かに魔物は、俺の方を一瞬観ても、すぐに視線をスキンヘッドと無精髭に向かわせている。
二匹、三匹と、獣人がどんどん集まってくる。
ついに、十匹の獣人が二人を取り囲んだ。その輪の外に俺はいるが、誰も気にしちゃあいない。
ここで、一撃必殺の魔法を打ち込んで魔物を殲滅――なんてことができれば格好いいのだ、そんなことは、できる気がしない。だから、できることからこつこつやろう。
俺に今できる事、それは、『ホーリーアロー』を打ち込んで魔物の注意を二人から逸らす事。一瞬でも隙が作れれば、あとは二人が何とかしてくれるだろう。何とかしてくれなければかなりまずい状況になるが、ここはもう、二人を信じるしかないだろう。
二人をここで助けなければ、それこそクエストはおろか、生きて帰れるかどうかも怪しくなってくる。
グリムは『ホーリーアロー』を放った。
光の矢は真っすぐに飛んでゆき、獣人の一匹の背中に突き刺さった。「グオッ」と短い悲鳴を発し、獣人は前のめりに倒れた。
「おぉ!?」
グリムは驚いた。
一発で仕留めることができた。これはたぶん、レベルアップに伴って魔力があがったからだろう。
俺、案外強いのか?
と、そんなことを思ったグリムだったが、自分のそれが奢りだとすぐに気づかされた。
九匹の獣人が一斉に振り返る。その敵意の籠った十八の目で睨まれただけで、気を失いそうになる。
――ヤバい、殺される。
逃げることも忘れて立ち竦むグリムだったが、グリムの作った隙を、二人の剣士はしっかり活用したのだった。
二人は四匹の獣人を一瞬で切り伏せ、包囲を突破すると、さらにもう一匹を連携による斬撃によって倒した。
残り五匹。
獣人は、剣士二人とグリムに挟み撃ちされた格好だ。
だが、魔物に恐怖はない。
「グワアッ!」
声を上げて、三匹は剣士に、二匹は――こっちに襲い掛かってきた。
来るな! と思いながら、グリムは手を突き出す。
二発の『ホーリーアロー』。二匹はそれを一本ずつくらい、一匹はそれで絶命した。しかしもう一匹は、生きていた。止まることもなく、突進してくる。
来るな! 帰れ!
続けざまに『ホーリーアロー』をもう二発。
二発とも命中した。
だが――死なない!?
なんでこいつだけHP高いんだよ!?
やばいやばい、来たぁぁ!
いや、背を向けて逃げたところで追いつかれる。背中から斬りつけられて、倒れたところを、もう一度ぶすっとやられる。
ちくしょう、絶体絶命だ!
魔物は、グリムの手前数メートルまで迫った。
逃げるのを諦めたグリムは、ありったけの力を込めて、手を前に突き出した。
今度は『ホーリーアロー』ではない――。
(アクティブスキル『テレキネシス』のレベルが1から2へと上がりました)
獣人は走って来た勢いのまま宙に浮かび上がった。
グリムは獣人を、とにかく高く高く、できるだけ高く空に浮かび上がらせた。そして、スタミナが切れる寸前のところで止めて、魔力でもって今度は地面に向かって獣人を投げつけた。
「グオアッ!? アァ! アァァァ!」
獣人は絶叫を上げながら落下し、地面に叩きつけられた。
今度こそ、獣人は息絶えた。
一方剣士二人の戦闘も終わっていた。
スキンヘッドの方は、右腕を押さえていた。腕からは、大量の血が流れ出している。グリムは二人と合流し、スキンヘッドを草原に座らせると、傷口に手をかざした。『グレイスキュア』――緑の光がグリムの手と傷口を包み込んでゆく。
一分ほどで、傷口が塞がった。
(レベルが6から9に上がりました)
(称号『癒者』を獲得しました)
レベルが上がったことよりも、生き延びることができたということに喜びを感じる。あんな獣人の群れを、よく倒せたものだ。我ながら――いや、この剣士二人が、かなり強いんじゃないか?
実際この戦いで俺が倒した魔物は三匹。残りは全部、二人が片付けたのだ。
――あ、俺じゃない。この二人が強いんだ。
とにかく生き延びた。
しかしまだクエストは終わっていない。この砦にいるボス、『レッドライカン』を討伐して、この一帯から魔物を一掃することが、クエストの達成条件だ。
とはいえ……『レッドライカン』、正直言えば、会いたくない。
このまま帰りたい。
どうしてもっと簡単な、無難なクエストを選ばなかったのか、謎だ。
スタミナの回復を待って、しぶしぶながら、俺は二人の後について砦に近づいた。最初は先頭を切っていた俺だったが、今はもう完全に、付き添いである。
全然悔しくない。むしろ、付き添いくらいがちょうどいい。
砦の門は開いていた。
半壊していて、閉じることもできないのだろう。錆びた鉄の門である。
それを抜けると、中庭だった。中庭には数匹の獣人がいて、中庭に足を踏み入れた瞬間、彼らに見つかった。
獣人は剣を抜き、躊躇いなく襲ってきた。
そして――そいつはやってきた。
中庭の奥から、最初は足音だけが、ずしん、ずしんと。
やがてその足音の主が姿を現す。
燃えるような真っ赤な毛並みの、巨大な獣人である。
レッドライカンだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます