第10話 討伐、そして……

 ごろごろごろ、と恐ろしい喉を鳴らす音。

 レッドライカンは、背中に背負った巨大な剣を抜いた。その剣の大きさと言ったら、常識を超えていた。大人一人分くらいの、巨大な剣である。それを、このボスは軽々と、片手剣のように扱っている。

 流石の剣士も恐怖を覚えてか、一歩、二歩と後ずさった。

 しかし、もう逃げるという選択肢は奪われている。

 周りを、獣人に囲まれてしまった。


 獣人たちは、ボスの登場に士気があがったのか、どしどしと地面を足で踏み叩き始めた。


 四面楚歌。

 八方塞がり。

 袋のネズミ。


 この状況を打開する可能性と、隕石の直撃を受けて死ぬ可能性は、どちらが高いのだろうか。同じくらいだろうか? ミラクルを期待せずにはいられないが、ミラクルが期待できるような何かがあるだろうか。そんな要素があったか。


 これはダメだ、今度こそ死ぬ。

 と思いながらも、絶望するにはまだ早いんじゃないのか、とグリムは思った。

 こんなの勝ち目がないよ、と思いながら、何か、まだ打つ手がありそうな気もする。


 特別な力が覚醒する、かどうかわわからない。

 その可能性は、いっそもう捨てた方がいい。

 翁が助けに来る? ――わけがない。あの老人は、自分が入れ歯をつけていることさえ忘れて入れ歯を探しているようなボケ老人である。期待はできない。

 このやり手の剣士二人はどうか?

 いくらやり手とはいえ、レッドライカンを相手にできるとは思えない。


 やっぱり、レッドライカンは俺が何とかするしかない。

 いや、何とかできるような相手ではないのは、図体を見ればわかる。巨大で、血に飢えていて、もはや用途のわからない巨剣を持っている。

 こんなのを相手にできるわけがないのだ。

 だが、何かが引っ掛かる。

 案外、ころっと倒せるんじゃないのか? という気もしている。


 グリムはきょろきょろと周囲を見渡し、情報を集めた。

 壊れかけた砦の石の壁、ところどころ穴が開いている。ボスが来てテンションを上げる獣人たち十数匹。黄土色のさらさらした、砂が風で舞い上がる。そして、レッドライカン。

 見れば見るほど何もない。

 それなのに、見れば見るほど、根拠のない自信が湧いてくる。


 死を前にして、俺の頭がおかしくなっちまったのか?

 だとしたら救いはないが、それとは違う気がしている。

 何というか、レッドライカンを倒す材料はすでに揃っているような気がするのだ。そのことに、まだ自分の常識的な思考が追いついていないような、そんな感覚である。


 レッドライカンが吠えた。

 剣を振り上げる。

 剣士が跳びすさる。

 ズガァァンと、剣に叩かれた地面が抉れ、大量の砂が宙を舞う。

 巻き上げられた砂の中から剣戟が振るわれる。


 スキンヘッドは無理な回避をして仰向けに倒れた。

 無精髭はレッドライカンから大きく距離を取った。


 再び咆哮。

 地面が揺れる。

 ぴしり、ぴしりと、砦の壁にひびが入る。細かい石のかけらが落っこちてくる。


 グリムは上を見上げた。

 そして、自分の感じていた違和感の正体に気が付いた。自分の自信に、根拠があることに気が付いた。気が付いてしまったのだ。

 なんだよ、俺、これ、勝てるんじゃないか!?

 いや、本当にそれでいいのか?


 将棋の最終局面。

 詰め切る手筋が閃いたそのあと、もう一度じっくり考えてそれを確認する――そんな感覚に似ていた。

 しかし今は、長考の猶予はない。


 レッドライカンは、まだスキンヘッドを狙っている。

 スキンヘッドは立ち上がって、必死でレッドライカンから距離を取ろうと逃げ回っている。スキンヘッドが殺られても、奴が次に狙うのは無精髭だろう。

 なぜなら俺は、魔物の敵対心を受けにくいスキルを身に着けたらしい。

 だから実は、まだ二人が死ぬまでの間考えていられるが――やっぱり人が死ぬところなんて見たくはない。

 ――やってみるか!


 グリムは両手を上に挙げた。

『テレキネシス』。

 それで動かすのは――壁である。建物の最上階あたりに、今にも崩れそうな一角があった。それを動かして――よし、上手くいった。

 三メートル四方の石壁。それを、レッドライカンの頭上に持ってくる。

 スキンヘッドよ、もう少し頑張ってくれ。

 そしてできる事なら、一瞬だけ奴の動きを止めてくれ。


 スキンヘッドは逃げ回る。

 一応まだ剣は握っているが、さきほどまでの、ベテランらしい迫力はすっ飛び、今となっては、悲鳴を上げて逃げる一手である。

 それを追いかけるレッドライカン。

 スキンヘッドが躓いて転んだ。

 レッドライカンが、脚を止め、覆いかぶさるように得物を見下ろす。


 ――今だ!

 グリムはレッドライカンの頭に石を降らせた。

 がつん、と石の塊はレッドライカンの頭に直撃した。

 ぐおっと一鳴き、レッドライカンはしかし、少し怯んだだけだった。もう少しダメージがあると思っていたが、仕方がない。

 だが俺の狙いは、そこじゃない。


 グリムは、今度はレッドライカンに向けて手を突き出した。

 レッドライカンは『テレキネシス』の目に見えない力に、体を大きく仰け反らせた。グリムはそのタイミングで、もう一度『テレキネシス』の一撃を加える。

 レッドライカンの握っていた大剣が、その手を離れ、すうっと空高く舞い上がった。剣は真っすぐ上昇し、くるりと半回転して、切っ先を真下に向けた。――レッドライカンの頭に。


「せい!」


 グリムは、剣を急降下させた。

 大剣は一直線に、レッドライカンの脳天めがけて落下した。


 ズブッ。

 くぐもった呻き声。

 大剣はグリムの狙い通り、レッドライカンを頭から串刺しにした。


 レッドライカンはその場で絶命し、仰向けにずしんと倒れた。

 魔物の亡骸は、その大きさや強さに関係なく、同じ末路を辿る。

 レッドライカンの体は、みるみるうちに黒く変色し、細かい塵になって風化してゆくように消えていった。


(称号『レッドライカン討伐者』を獲得しました)


 周りを囲んでいた獣人たちは、急に苦しみ始めた。

 剣を取り落とし、頭を抱え、呻き始める。

 ここぞとばかりに、無精髭と、気力を取り戻したスキンヘッドが、残りの獣人を倒して回った。

 戦いが終わった。


(レベルが9から13に上がりました)


 魔物は魔石へとかわり、レッドライカンの跡には、赤黒い光を放つ拳二つ分程度の特殊な魔石と一振りの剣、赤い毛皮のマント、そして、金の表紙の広辞苑のような分厚い本が残った。


 どれもこれも、きっと、いわゆるレアアイテムだろうと思ったが、グリムはとりあえず、本を手に取った、スキンヘッドは剣を、無精髭はマントを拾った。

 本を開こうとすると、本はすうっと金の光の玉になり、それが、急に胸の中に飛び込んできた。

(『翁の贈り物の約束』が果たされました)

(ポテンシャルスキル『アナライズサイト』を会得しました)

(神具『翁の事典』を獲得しました)


 何やらいろいろ手に入れたようだ。

 翁の言っていた、渡したいもの、というのは、これで受け取ったことになるのだろう。よくわからないが――。


(「おう!?」)


 グリムは、スキンヘッドと無精髭を見て驚いた。

 二人の情報が、頭に流れ込んできたのである。


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名前 :ニーザ・ヘッグ

クラス:傭兵戦士

 Lv:20

・ハンの町を拠点に活動する傭兵。ギルドでのランクはB。

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名前 :ベルス・トラウ

クラス:傭兵戦士

 Lv:23

・ハンの町を拠点に活動する傭兵。ギルドでのランクはB。

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 スキンヘッドの方がニーザ・ヘッグで、無精髭のほうがベルス・トラウである、らしい。いや、二人の名前なんてどうでも良いんだ。別に友達になりたいと考えているわけでもない。

 ただこの、名前が分かるというのは、非常に便利である。

 帰ったらさっそく、少女の名前を確認できる。


 そんな二人が、何やらこっちを、ちらちら見ながら言葉を交わしている。二人はレッドライカンの落とした魔石を見ている。

 ほしいのだろうか?

 まぁ、そんなものはくれてやる――。


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名前 :結晶魔石(2kg)

クラス:アイテム

・強力な魔物の核となっている魔石。

・1kgの相場は3グロウル

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 アイテムも鑑定できるのか!

 そしてその魔石、良い金になるじゃないか。

 これは是非、売って山分けにしてもらいたい。


 いやぁ、しかし儲かった。

 これで右腕とおさらばせずに済む。借金を返して、今日は少し、美味しいものでも食べよう。あの少女にも、何かプレゼントしてあげられるだろう。

 まぁ、これくらいの楽しみもなくっちゃね。


 と、立ち上がった時、スキンヘッドが怖い顔で近づいてきた。

 え、何?

 ――どうして剣を抜く必要が?


 無精髭に視線を移す。

 無精髭も、剣を抜いていた。

 まさか、これは――。

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