第8話 呪われたクエスト

 一泊、朝食、夕食付で銀貨二枚――2サーンス。人足斡旋所に登録して、一日八時間の力仕事をした場合、報酬は3サーンス。生活費を引くと、一日の儲けは1サーンス。借金の15グロウル、サーンスに換算して350サーンス。完済すには、どんなに節約しても丸一年かかる。そこに利子が付くとすると……。


 それでも、返せるんだからいいじゃないか。

 と、グリムも初めはそう思っていた。

 しかし、よくよく話を聞いてみると(少女が身振り手振りと紙とペンを使って教えてくれたことだが)、三ヶ月以内に返済しなければいけないらしかった。

――つまり、日雇い労働の仕事をどんなに頑張っても、三ヶ月後には、右腕とバイバイしなければならない。


 少女は、自分の金使ってくれと全部袋ごと俺に渡してきた。

 なんて健気な子なのだろう。

 だが、俺はそれを受け取らなかった。そうだ、恰好をつけたかっただけだ。が、考えてもみてほしい。いい年をした大人が、中学生か高校生くらいの少女から金を受け取っている様を。


 確かに、俺は情けない男かもしれない。

 朝は弱いし、翌日の事を考えずに夜中まで飲んだりして、自己管理なんかまともにできた試しがない。部屋だって汚い。面倒だと言って風呂に入らない日が続くこともある。戦う時には戦える、一本筋の通った男でいたいとか思っていながら、実際には、他人の顔色を窺ってしまう。


 だが、そんな情けない男である俺にも、やっぱりまだプライドってものがある。自分の借金を少女に払ってもらうなんてことは、今更馬鹿げたこともかもしれないが、そう――俺のプライドが許さない。

 プライドの馬鹿野郎。

 何がプライドだ。そんなもの、犬に食わせておけばいいんだ。でもそうはいかない。もう決めてしまった。やっぱり金貸して――なんて言えるわけがない。

ちくしょう、自分でこの難局を切り抜けてやる。

 人生の馬鹿野郎。異世界の馬鹿野郎。


 俺は冒険者ギルドのギルドホールの扉を叩いた。

 ギルドホール。

 あの悪人面の野郎の商館のほうが広いくらいで、中も、全然にぎわっていない。ちょっと広い酒場、といった感じで、数人のならず者が酒を飲んだり、肉をむさぼったりしている。


「⟛⦢⟑⨑⟕?」


 カウンターの男に何やら声をかけられた。

 パブリカン兼ギルドの受付らしい。

 相変わらずこの世界の言葉はわからない。


「クエストを受けたい」


 俺は、バリバリの日本語でそう言ってやった。

 この世界の言葉? アズラ語?

 知るか。わからないのがそんなに悪いか。どいつもこいつも、言葉が分からないのを小馬鹿にしやがって。お前らだって日本語わからないだろうが。ちょっとは気を使って、わかるように話せってんだ。


 案の定、受付の男は首を傾げ、頭を掻いてしまった。

 そんなの、予想していた。

 あぁ、どうすればいいんだ。神様――神様なんて信じたことないけど、今だけは、信じてあげてもいいから、俺を助けてください。そうしたら、貴方の僕にならなくもない。


『呼んだかの?』

(「呼んでねぇーよ!」)

『冷たいのぉ。右手は無事か?』

(「お陰様で……」)

『おぉ、そうか。良かった良かった』

(「今更出てきて、何の用ですか」)

『うむ、お主にな、渡しておくものがあった』

(「へぇ……」)

『興味を持て! 神からの授けものじゃぞ!?』

(「え、貴方神様だったんですか!?」)

『え!? わしを何だと思っとったの!?』

(「暇を持て余した、魔力だけは強い偏屈ジジイかな、と」)

『違うわい! これでもわしは忙しい神様なのじゃ! 今この世界は危機に瀕しておる!』

(「この世界よりもまず俺の危機を何とかしてください」)

『おぉ、そうじゃった。ええと、なんじゃったっけ?

(「渡したいものが――」

『おぉ、そうじゃったそうじゃった』

(「早く渡してください」)

『お主のぉ、そんなぽんと出せるわけないじゃろう?』

(「えー……」)

『まず、クエストを受けるのじゃ。そこの掲示板の、右上の一番端っこのやつ。何かいろいろ言われるじゃろうが、「デム」と答えればよろしい』

(「……信じますよ?」)

『うむ! 大船に乗ったつもりで良い!』


 グリムは、翁に言われた通り、クエストを受けた。

 決して、大船に乗った気にはなれない。せいぜい二人乗りの小舟だ。それが木でできているのか泥でできているのか、今の俺にはわからない。泥でないことを願いたい。


 さて、クエストを受けた結果、思った以上に、いろいろ言われた。「デム、デム」言っていると、ホールにいた他の冒険者も、何やら言ってきた。そんなにヤバいクエストなのだろうか?


 気が付くと、俺は二人の男と同じテーブルに座っていた。

 二人とも、腰に剣を下げている。一人はスキンヘッド、もう一人は無精髭の男である。二人ともまさに傭兵といった感じである。日焼けした肌、弾力のありそうな筋肉。肩幅も胸板も、ラガーマンとまではゆかないが、K-1に出ていても何ら不思議はない。


『パーティーを組んだのじゃよ』

(「あぁ、さいですか……」)

『お主はこれから、カビナ砦に行くことになる』

(「なんで? ――いや、そうか、つまり俺は、そういうクエストを受けたんですね?」)

『うむ。魔物の巣窟となってしまった砦から魔物を一掃する、それがお主の受けたクエストじゃ。巣窟のボス、レッドライカンを討伐すれば、魔物は去ることじゃろう』

(「王道ですねぇ……。で、報酬はいくらですか?」)

『60グロウルじゃ』

(「ろくじゅ……え、それって……」)


 借金が15グロウル。

 銀貨にして350枚。60グロウルは銀貨1400枚分。銀貨に換算した意味は特にないが、つい計算してしまった。三人で山分けしたとして、一人当たり20グロウルの儲け。

 借金を完済したうえおつりがくる。


(「いや、ちょっと待った……。そんな高額報酬のクエストってことは――」)

『うむ。もともとはランクB以上の冒険者に出されたクエストじゃったが、失敗が続いて、受ける者がいなくなってしもうたんじゃよ。〈呪われたクエスト〉なんて言われとる。お主の前任者も、このクエストで随分命を落とした』

(「前任者っていうのは……?」)

『わしが召喚してこの世界に連れてきた者達じゃよ』

(「それ、今まで何人いたんですか?」)

『三人から先は覚えとらん……』

(「いや、もうちょっと数えろよ。せめて百とかさ――」)


 そういえば、遺跡の声は、俺が百人目だと言っていた。その百人のうち、何人かは爺さんが召喚した人間なのだろう。何人か、というより、大半がそうなのかもしれない。召還された人間のうち、【ウィザード】以外の道を選んだ人間もいただろう。

 とすると、やっぱり百や二百は前任者がいたと考えるのが自然だ。そして彼らのうちの多くが、俺の今さっき受けた〈レッドライカン討伐〉のクエストで命を落とした、そういうことだ。


(「それを、俺にやれと……?」)

『お主への贈り物は、レッドライカンに入れておいた。倒せば、魔石と一緒に落ちるじゃろう』


(『翁の贈り物の約束』の加護を受けました)


 そしてまた、言うだけ言って翁の声は消えていった。

 無精髭が立ち上がった。スキンヘッドもそれに続く。

 グリムは、二人を率いて砦に向かうことになった。

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