第7話 借金ベイビー
村を出て三日後の昼に、ついに町に辿り着いた。
あのトラの化け物のような魔物と遭遇した日は、日が落ちる前に森を抜けた所で野宿。二日目は街道沿いの駅宿で一泊した。
逃げ出した傭兵の男は、結局戻ってこなかった。
いったい彼がどうなったのか、あまり想像したくないものだ。
そして、荷馬車も、結局一台ダメにしてしまった。
まぁ、それは仕方がなかった。皆感謝してくれているはずだ――と思っていたグリムだったが、その考えが甘かったと、すぐに思い知らされることになった。
城壁に囲まれたその町は、草原の少し高くなった場所にあった。
門を抜け、そのままとある商館に連れてこられた。
商館にも門があり、その先は馬車を止めたり、荷物を置いたりする広場になっている。運搬人足たちが、袋やら木箱やらを運んだり、荷馬車から荷下しをしたりしている。
傭兵たちはそれぞれ、白ターバンから銀貨数枚を受け取り、その場を立ち去った。
俺も何か貰えるのではないか、と期待をしたグリムだったが、誰も何も言わないし、白ターバンも難しい顔をしているので、空気を読んで出て行こうとした。
ところが、商館の衛兵が槍をクロスして、行く手を阻まれた。
映画とかでよく見る、あれである。
いや、冗談じゃない。
振り返ると、白ターバンが誰かと話をしながら、自分の事を指さしている。それを聞いた少女が、二人に詰め寄っていった。白ターバンは、少女に向かって何か喚き散らし、少女はそれに食って掛かる。
自分の知らないところで、自分を差し置いて、一体何が起きているのだろうか。
良いことではないのは明らかだった。
悪い事……自分が一体何をしたというのだろうか。
彼らを助けはしたが、怒らせるようなことはしていないはずである。
白ターバンは、一枚の金貨を少女に渡した。少女はそれを受け取り、白ターバンに投げつけた。金貨は地面に落ち、それを、近くの人足が獣のように拾いに来る。白ターバンはそれを足で蹴とばして金貨を拾い上げ、砂を払って、再び懐にしまった。
と、後ろから腕を掴まれた。
衛兵だ。
くそっ、やめろ! 離せっ! とは思うが、二人の男の力の強いこと強いこと。びくともしない。同じ男とは思えない頑丈さだ。腕の太さ、胸板、そして顔の厳めしさ。
無抵抗のまま、白ターバンと、その会話をしていた男の前に突き出される格好となった。後ろで手を組んだ状態で掴まれ、まるで罪人である。
まさか――罪人なのか?
白ターバンと会話をしている男は、どうやらそれの雇い主のようだった。クジャク羽のような派手な模様のマントを着た、頬のこけた男である。落ちくぼんだ眼の下には、紫の隈がくっきり浮かび上がっている。
なんというわかりやすい悪人面。
悪人面が低い声でぼそぼそと何かしゃべった。
何て言ってんだよお前は!
わからない上にぼそぼそしゃべるから余計わけわからないんだよ!
――あ、嘘です嘘です、逃がしてください。どうしてそこの屈強な男は、剣を抜いたんですか?
少女が悲鳴のような声を上げる。
え、これ、マジでやばい奴か!?
悪人面がまた何かしゃべった。白ターバンも、何か言っている。
何を言っているんだ?
そして、剣を持って無言で近づいてくる男は何なんだ!?
「何だよ! やめろよ! 何だってんだよ!」
――『元気じゃったか?』
翁キター!
タイミング最悪。今更出てきてなんだよ。
俺、殺されかけてるんだけども?
『うん? お主、何を慌てておる。いつ何時も、冷静であることが肝要じゃぞ?』
(「今は無理!」)
『ふーむ……なっ、何しておるのじゃ! 殺されてしまうぞ!?』
(「それ、俺が一番よく知ってるの! ちょっと、なんで俺がこんなことになってるのか、教えてもらえませんか!?」)
『そんなこと知るかっ!』
(「マジかぁー……」)
『あぁ、ええい! ちょっと待っておれ! ――ほうほう、ほう、ほうほうほう……わかったぞ』
(「教えてください」)
『お主、そこの商人の所有物を壊したな?』
(「はい。でもそれは、皆を助けるためで――」)
『そのことを怒っておる。金を払うか、腕一本か、選択を迫られておるぞ!』
衛兵の一人が、右腕を急に握ってきた。
いたたたたたっ!
ちょっと、あ、待って、何で剣を振り上げるのか!
(「腕一本ってどういうこと!?」)
『切り落とすのが、この商団の習わしじゃ』
(「無理無理! え、金払えばいいの!?」)
『そう言っておる』
(「いくら!?」)
『15グロウル、らしいぞ』
(「いくらそれ!? 銀貨一枚いくらなの!?」)
『銀貨一枚は1サーンスじゃよ。ちょっとは勉強せい』
(「わからないよ……単位が違うじゃん! ちょっと、マジで助けて!」)
『とりあえず、「テイナー」と言えばよい』
「テイナー! テイナー!」
大声で叫んだ。
すると、剣を振り上げて、まさに振り下ろそうとしていた衛兵の動きが止まった。衛兵は、悪人面の指示を待ち、悪人面は手を下げた。
衛兵は剣を下ろし、腕をつかんでいた男も、それを離した。
(「魔法の言葉か何かじゃなかったんですか……?」)
『そんなわけないじゃろ』
(「ですよねー……」)
翁とか、その程度ですよね。
『うるさいわ! 今のは、アズラ語で「払う」という意味じゃ』
(「払う? え、何を、払うの?」)
『そりゃあ、金じゃよ。15グロウル』
(「それ、いくらなんですか?」)
『いくらと言われてものぉ、15グロウルは15グロウルじゃ……』
(「ええと……1グロウルは銀貨何枚ですか?」)
『350枚じゃな』
(「350? 待って、そんな大金、持ってないけど」)
――
――――ん? 翁さん?
翁さん!? ちょっと、爺さん!
マジかよ、なんだよ。消えたよ……。
持ってないって、どう伝えればいいんだよ。というか、持ってないのが知れたら、もう選択肢は腕一本じゃないかよぉ。
――首輪をつけられた。
悪人面が、腰に下げている鍵の一つを振り上げた。
それは何を意味す――いたたたたぁ!
うぐぅうう、息が、首が……。
どさり、とグリムはその場に崩れ落ちた。
悪人面が鍵を下ろすと、グリムの首を絞めていた首輪も、元の太さに戻った。
悪人面は無言で建物の奥に入ってゆき、白ターバンは何かを吐き捨てて、その後に続いた。少女は、グリムに駆け寄って、その身体を支えた。
これ、孫悟空の輪っか的な奴だよ……。
つまり、金を返さずに逃げたら殺すと、そういうわけだ。
腕一本の方が良かったか?
いやいや、銀貨350枚で腕一本を買ったと思えば、安い安い。
……安かねーよ!
現在所持金、銀貨三枚。
ローブの下は素っ裸。
こんな俺に、何ができる? おまけに言葉も分からない。金を稼ぐ方法も分からない。普通召喚っていったら、もっとこう、好待遇されるものじゃないのか? 俺が何をしたって云うんだ……。
ちくしょう、この恨み晴らさせおくべきか。
でも、とにかく今は復讐どころじゃない。
今日の寝床と、食事と、明日からの仕事と……。
(称号『借金ベイビー』を獲得しました)
うるせーわ!
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