第5話 商団に加わる

 動けるようになった二人は、村に戻った。

 魔物は襲ってこなかった。

 帰り道、隠居老人が村の若者五人を引き連れてきたのに遭遇した。そこで、老人は少女に頭を下げたりしていたが、少女の目は冷たかった。

 とにかく無事で、村に戻ってきた。


 日が暮れて、その日は少女の家に泊まることになった。

 肩身の狭い老人は、やたら親切にしてくれた。

 そうしてちらちらと少女に目をやるのだが、少女は完全に、無視をしていた。


 老人はその日床で寝ると言った。

 そうして俺を、自分のベッドで寝るように勧めてくれた。

 逃げてしまった罪滅ぼしなのだろう。

 しかし、少女も少女で、自分のベッドを勧めてくれた。

 命の恩人には自分で報いたいという気持ちらしかった。


 結局俺は、老人のベッドに寝ることにした。

 今後の二人の関係が、それで少しは良くなるのであれば、力を貸したい。

 よくよく考えれば、逃げなかった少女の方が、少し異常なのだ。


 一晩寝ると、スタミナもHPもすっかり回復していた。

 異世界での最初の夜だったが、気づけば朝になっていた。


 朝食の席で、老人と少女に話しかけられたが、相変わらず何を言っているのかわからなかった。一晩寝たら新しい能力が、と少し期待した自分が甘かったらしい。

 とりあえず、外に出て、村を散策する。


 ――何をしよう。

 というか、本当に、翁とかいうあの謎の存在は、何を目的として自分をここに召喚したのか。目的もなしに召喚されたのだろうか。

 だとしたら、迷惑すぎる。

 いや、きっと目的はあるはずだ。

 伝え忘れているだけで……。


 グリムは、翁との会話を思い出すことにした。

 何かヒントになるようなことを、言っていたかもしれない。

 歩きながら、ふとグリムは立ち止まった。


『魔物以外なら、何にでも変えてやろう』的なことを言っていた気がする。

 どうして魔物以外なのだろう。

 翁がその能力を持っていないからか、あるいは――魔物の事が嫌いだから、とか。


 とにかくはっきりしているのは、この世界には魔物がいる事。

 そして、魔物は人間を襲うこと。

 魔物と戦っていれば、何か道が開けるはずだ。

 それがどんな道で、どこに向かうのかは見当もつかないが……。


(「やっぱり、町に行ってみよう」)


 そうしよう、とグリムは思った。

 この村にいれば危険はないだろうが、そんなことの為に、自分は召喚されたわけではないだろう。それに自分は、今や【ウェザード】になってしまった。魔物を倒せるスキルも習得してしまった。

 多少の危険を冒してでも、町に行かないといけない気がする。

 しかし町っていうのは、どこにあるのだろう?


 グリムは少女の家に戻り、絵を描いて少女と老人に訊ねた。

 二人は何事か言葉を交わし、やがて、訊かれていることがわかったようだった。

 良かった、と思ったのもつかの間、今度は、少女と老人が、強い口調で口論を始めた。


「――⨁⟣⨑⟢⩈⟑⟕⟝⟟⨐⟐⨂⩈⟤⟑⟛⩈⨊⨪⟤⟑!」

「⟟⩈⟕⨐⟣⟑⟡⨪⟢、⟔⩀⟓⟕⩈⟑⟡⨡⟣⨀⟤⟑⟟⩈⨔⟒!」

「⨡⦀⨁⟣⨀⟑⦀⟠⦀⟔⦢⟛⩈⦢⨌!」


 睨み合う二人。

 何を言っているのか、甚だわからない。

 ちょうどそこへ、扉をノックする音が飛び込んできた。

 客は、立派な体格の男だった。

四十路ほどと見えるその男は、どうやら村の人間で、二人と知り合いらしかった。

 男は隠者老人と何やら話し、途中からその会話に少女も加わった。


 グリムと少女と隠居老人は、四十路の男に連れられて、村の南門にやってきた。

 南門には、二頭の馬が引く荷馬車が三台止まっていて、槍を持った男が六人ほど、それに付き添っていた。荷馬車には布がかけられていて中身は確認できない。

 荷馬車の近くには、白いターバンのようなものを巻いた肥えた男がいて、四十路男は白ターバンに、少女とグリムを紹介した。

 白ターバンは金の鎖の懐中時計で時間を確認し、御者に何やら声をかけた。


 どうやらこの太った白ターバンが、荷馬車の持ち主らしい。

 何となくつかめてはいる。

 恐らくだが、この白ターバンは行商人なのだ。護衛を伴って村々を回りながら、品物を売り歩く。


 もしやこの行商は、町に行くのだろうか?

 そして、なぜ少女が呼び出されたのだろう。自分はそれのおまけみたいな扱いだったが、少女は、何かを頼まれたようだった。

 隠居老人はしぶしぶ何かを了承した感じだ。

 少女は、目を輝かせている。


 ここで一体どんなやり取りがあったかグリムは知らない。

 しかし結果的に、少女とグリムは、白ターバンの一行に混じって村を出たのだった。村を出たのは、昼前である。


 一体どこに向かっているのだろうか。

 自分とこの商人商団は、今どういう関係なのだろうか。

 たまに話しかけてくる少女に、曖昧に頷いて応じながら、グリムはいろいろ考える。

 一時間ほど進み、一度休憩し、また一時間ほど進み、というのを何度か繰り返し、日が落ちてきた。日が暮れるにしたがって、商団は歩みの速度を上げた。

 皆、焦っているようだった。


 森のどこからか、ごーん、といい恐ろしい雄たけびが聞こえてきたのは、夜のとばりが下りてきた頃だった。

 ついに、早歩きが走りに変わった。

 皆、何かを言いながら走り出し、荷馬車がごとごとと揺れた。

 ごーん、という雄たけびが再び聞こえてきた。

 さっきよりも近い。

 白ターバンが喚き散らす。


 やがて、馬が走るのをやめてしまった。

 ぱしん、ぱしん、と鞭を撃つ音だけが空しく響く。

 白ターバンも、その後ろの二台の御者も、やがて鞭を振るのをやめた。

 ひゅうっと、冷たい風が吹く。


 あ、とグリムは思い出した。

 そういえばまだ、裸ローブだった。

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