第4話 ゴブリンの襲撃
遺跡から脱出したグリムは、腐葉土の上にずしゃあっと倒れ込んだ。
ヤバかった、死ぬところだった。
いくら魔法が使えても、流石に――。
ズガガガガガーーン!
遺跡が、崩壊した。
土埃が舞い上がる。
「⟟⩈⟑⟛⩈⨌⨪⟒⨂⩈⟢⩈⟜⟕!?」
駆け寄ってきて、心配してくれる少女。
カーバンクルも、心なしか気遣ってくれているようだ。
言葉は分からなくても、通じ合える気がした。
言葉はわかるのに全く通じ合えない翁やウルドは、一体何だったのか。
「⨡⨂⩈⨑⦢⟟⩈!」
隠者が声を上げた。
顔を上げると、得体のしれない二足歩行の動物が三匹、こちらに走ってきていた。
手には、ナイフのようなものを持っている。
――これは、もしかしなくても、魔物か?
身長1メートル50センチほど。
少女と同じくらいだ。
人間のような二足歩行だが、様子は人間とはずいぶん違う。
ドクダミのような黒みがかった緑の皮膚、顔は細長く、小さな黄色い目がついている。耳は尖っていて、髪はない。腰巻をつけている。
一難去ってまた一難。
これも呪いのせいなのだろうか?
なんで呪いなんてかけてきたのか、さっぱりわからない。が――これは、完全に殺るか殺られるかの戦いで、それはすでに、始まっている。泣き言を言っている場合ではない。
少女は杖を突きだし、何か唱えた。
すると、杖先に魔方陣のようなものが出現し、そこから、一刺しの鋭利な刃物が飛び出した。否、それは氷柱だった。ただし、ものすごく尖った氷柱である。
氷柱は三匹のうち、一匹の魔物の太ももを貫いた。
「ギャー」
攻撃を受けた魔物は膝をつき、少女に向かって叫んだ。
ぎざぎざの歯、真っ赤な舌。
魔物の叫びは、痛みからというよりは、憎悪からきているもののようだった。
人間ならのたうちまわる様な痛みのはずだが、その魔物は、氷柱の刺さった脚のまま立ち上がり、再び走り出した。
「マジかよアイツ……」
グリムは、ものすごく逃げたかった。
逆に、少女と老人が不思議だった。
どうして戦うという選択肢を選んでいるのか。
少女は再び氷柱の魔法を放った。
今度は、先頭の魔物の額を貫いた。
魔物は「ギャ」と声を上げると、地面に倒れた。さすがに、即死のようだった。
しかし、少女もそこで力尽きた。
ぺたんと地面に座り込んでしまった。
いわゆる、MP切れというやつだろうか。
しかし、まだこっちには、隠居老人がいる。こういう老人はすごい魔法使いであることが多い。弟子を育てるために、今まで手を出さなかったのだ。
さぁ、出番です、ご隠居!
……。
…………御隠居!?
いつの間にか、いなかった。
逃げたな!?
雰囲気だけだったか、あの老人!
まずいことになった。
これは、本当にまずいことになった。
小学校の低学年の時、旅行先の某所で三頭の野犬に追いかけまわされた記憶が蘇る。――いや、そんなのとは比較にならない。
この魔物と言うやつは、完全に、自分たちを殺そうとしている。
明確な殺意を持っている。
少女はMP切れ。
武器、武器は――ない。あの短いこん棒のような何かは、少女の家に置いてきたままだった。いや、あれがあったところで、何の助けにもならなかっただろう。
これは、本当に殺されるんじゃないのか?
「⟥⟙⩈⟢!」
少女が、自分に何か叫んだ。
「助けて」か、あるいは「逃げて」とか、そう言ったのだろう。
どっちにしても厳しい選択だ。
彼女をここに一人残して逃げるか?
それとも、死を覚悟で助けるか?
ライフカードが無さすぎる。
カーバンクルが少女の前に立ち、毛を逆立てて魔物を威嚇している。
なんて勇敢な獣だろう。
あれはもう、小動物ではない。
一匹の、立派な獣である。
しかし、魔物は止まる気配を見せない。
このままだと、少女が八つ裂きにされる様を見ることになる。
素朴な、そして正義感の恐らく強い少女が、体中を刺され、悲鳴を上げて――。
ちくしょう、そんなの死んでも見たくない。
ええい、ダメでもともと!
覚悟しろ、クソ魔物!
(称号『小さな救世主』を獲得しました)
グリムには全く勝算などなかったが、とりあえず、思い切り両手を前に突き出した。何かが、体の外に押し出されてゆく感覚を覚えた。
その瞬間、グリムの両手から白い閃光が迸った。
(アクティブスキル『ホーリーアローLv1』を会得しました)
光は矢となり、二本の矢は、二匹の魔物に突き刺さった。
魔物は、悲鳴を上げる間もなく、動きを止めた。
体の節々から光が漏れ出し、やがて、白い炎に焼かれて消えていった。
ぽとり、ぽとりと、魔石が柔らかい土の上に落ちた。
(レベルが1から3へと上がりました)
どっと疲れが押し寄せ、グリムは土の上に座り込んだ。
これが、MP切れというやつか。
薬指を当ててステータス巻物を出し、確認する。
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名前 :グリム(『ウルドの呪い』)
種族 :アニマン
クラス:ウィザード
Lv:3/15
HP :20/30
Stm:25(5%)
MP :33
パッシブスキル:
アクティブスキル:
『テレキネシスLv1』『ホーリーアローLv1』
ポテンシャルスキル:
『翁のガイドライン』『秘められた魔術師の才能』
称号:
『異世界から来た男』『ウルド最後の希望』『小さな救世主』
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MP、切れてないじゃん。
と思ったが、そうじゃないことにグリムは気が付いた。
HPは最大HPと、現在のHPがスラッシュで分けて記されている。 一方MPは、スラッシュがない。ということは、これは減るものではない、ということだろう。
『Stm』が気になった。
数値があって、カッコの中にパーセント。前に見た時は、パーセントは『100』だった。今は、『5%』。
これは、もしかしたら『スタミナ』を現しているのかもしれない。
MPは『マジックポイント』ではなく『マジックパワー』のことで、スキルを使うと、『MP』ではなく『スタミナ』が減るということだろうか。
これ全部、あの翁が説明すべきことだったんじゃないのか。
余計な労力を使った、とグリムは巻物を閉じた。
少女が、這うようにして近づいてきた。
二人ともMP――ではなく、スタミナ切れ。
ここでまた魔物が来たら、今度こそお終いだろう。
「⟙⩈⨀⟐⨑⩀⟝⦢⟕!? ⟟⩈⟑⟛⩈⨌⨪⟒⨂⩈⟢⩈⟜⟕!?」
彼女が何か話しかけてきた。
きっと、感謝の言葉や労いの言葉だろう。女の子から言われたい言葉ベスト10みたいな、そんな可愛らしい言葉を、彼女はきっと口走っているのだろう。いや、そうに違いない。
でも俺、君が何言ってるかわからないんだぜ……?
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