第3話 ウィザード

 村にやってきた。

 少女に連れられて、ごくごく小さな村落である。

 二百メートル四方の敷地に、木造の家が建ち並んでいる。

 森の中にぽつんと存在する、小さな村である。


 カーバンクルのよしみ(?)で、少女の家に挙げてもらえることになった。

 村の一番外側の一軒家で、家には老人がいた。

 老人は老人でも、肩をすぼめた哀れな老人ではなく、知識を持った隠者という風貌の年寄だ。


 小さなテーブルを三人で囲み、少女の出してくれたスープを飲んだ。

 タマネギのスープ。

 薄味だったが、美味しかった。

 ローブ一枚で本当に申し訳ない。


 少女も、その隠者風の老人も、自分に何か訊ねてきたが、ことごとくその内容が分からなかったので、答えられなかった。ただただ、頭を下げるばかりである。


 いや、どうして自分が、そんなに卑屈にならなきゃいけないんだ。

 そもそも、俺は好きでここに来たわけじゃない。

 全部あの翁とかいう爺さんが、勝手にやったことだ。

 ちくしょう、何が『翁のガイドライン』だ。

 何もガイドしてないじゃないか。

 遺跡、どこだよ……。


「遺跡に行きたいのですけど、どこにあるか知っていますか」

 ダメもとでそう聞いてみる。

 少女と老人は顔を見合わせ、それから、すっと紙とペン、そしてインク壺を差し出してきた。

つまり、描け、ということらしい。


 遺跡を描く。

 わからないよ。遺跡なんて、描いたことがない。

 遺跡と言っても、いろいろあるじゃないか。ピラミッドも遺跡だし、モアイ像も遺跡、マチュピチュだってそうなら、ナスカの地上絵だってそうだ。

 翁の言っていた遺跡っていうのは、一体どういう形をしたものなのか。


 仕方がない、とグリムは紙に人を描いた。

 それが杖を掲げて、魔方陣らしきものの上に立っている――そんな絵。


 それを見た二人な何事か話し合い、それから、何かを分かり合えたのか、深く頷いた。こんなのでわかるものなのか、非常に不安である。


 スープを飲んだ後、グリムは二人に連れられて村を出た。

 どこに行くのだろうか。

 遺跡に連れて行ってくれたら最高なのだが、果たして――。


 三十分ほど歩いて、目的地に着いた。

 森の中にできた小さな空間に、二十メートル四方の、石のピラミッドがあった。

 これは、遺跡としか言いようがない。

二人に頭を下げて、入り口に向かう。


 人が一人やっと通れるくらいの入り口から中に入る。

 ピラミッドの中は、青や緑の光で照らされていた。

 床を覆う苔が発する光であった。

 それ以外はがらんとした空間である。

 真ん中には、五メートル角の石のステージがあった。


 グリムは、階段を上ってステージの上に立った。

 これから一体何が起きるのか、見当もつかない。

 というか、何か起きてくれるのだろうか?

 期待と不安が入り混じる。


 変化があった。

 三角形の高い天井から、タンポポの綿毛のようなものが降ってきたのだ。

 それと同時に、頭の中に声が響いてきた。


『つらい……』


 何この、哀れっぽい声。


『もう、ゴールしたぁい』

「ええと……」

『あぁ、よく来てくれたね。【ウィザード】志望かえ?』

「は、はい……」

『それはそれは、ご苦労様なこって……』


 この声の主は、随分疲れているらしい。

 疲れている、というよりも、精神的に随分追い込まれているようだ。

 大丈夫なのだろうか。


『えぇえぇ、【ウィザード】にねぇ、ありがてぇ、ありがてぇ』

「あの、大丈夫ですか?」

『お気遣いなさらず。冒険者さんは何も心配せんでえぇ。私が立派な【ウィザード】にしてやるからなぁ』

「よ、よろしくお願いします」

『あ、ほえーっと!』


 声が、頭の中で反響する。

 まるで、鐘の音のように。

 ぐわん、ぐわんと、目眩がする。


(【ウィザード】にクラスエンチャントしました)

(ポテンシャルスキル『秘められた魔術師の才能』が覚醒しました)

(称号『ウルド最後の希望』を獲得しました)


 目眩が収まった。

 無機質な声が、何かを告げた様な気がする。


『これで、終われる……』

「何が、終わるんですか?」

『私の使命は、百人のウィザードを誕生させることでなぁ、最後の一人がなかなか現れず、いい加減キツかったんだよって』

「それって、つまり――」

『そう、冒険者さんが百人目だぁ。ありがてぇこって、ほんにありがてぇこって。そいじゃ、私ぁもう往くとするが、冒険者さんも達者でな』

「ちょ、ちょっと待った! え、チュートリアル的なものはないの!?」

『あぁ、そうだ、言い忘れとったがのぉ、冒険者さん。ほんに気をつけるだでぇ?』

「それはもう聞きました!」

『そうでねぇ、冒険者さんの前にも、私ぁ99人の冒険者をウィザードにしたがね、皆、旅の途中で死んでまってなぁ』

「え……」

『私のウィザードで、生きてこのバザック領を出たもんはいねぇだよ』


(『ウルドの呪い』を獲得しました)


 おおい!

 このおまけみたいな会話でとんでもないもの引き当てたぞ!?

 呪いとかっ……!


『まぁ、そういうわけだから、注意してくんなさい』


 言うだけ言って、声は消えていった。

 それだけなら良かったのだが――。


 ガタガタガガタ。

 遺跡が揺れ始めた。天井から、石の塊が落下してくる。

 早速呪いの効果が!?

 ――まずい、避けられない!


 グリムは、咄嗟に両手を頭の上にかざした。


(アクティブスキル『テレキネシスLv1』を会得しました)


 二メートル大の石が、頭上で止まっている。

 いやそうじゃない。

 俺が、止めているんだ。


 グリムは石の下から抜け出し、力を抜くと、ごとりと浮いていた石が床に落ちて砕けた。石は、次から次に落っこちてくる。

 グリムは、命からがら遺跡を脱出した。

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