第38話 今日も 4

 タイちゃんは肉じゃがを口にしてビールを飲み、時々もやしのナムルも摘む。それでも、お鍋の中にはまだ半分以上も肉じゃがが残っていた。

 涼太も呼んであげようかな?

 携帯を取り出して弟の涼太を呼び出そうとしたら、丁度着信音が鳴った。画面には、保留にしていた案件相手の名前が表示されている。

「あ……」

 携帯画面を見たまま動きの止まった私に、タイちゃんも箸を止めて訊ねる。

「どしたの? 出ないの?」

「えっとぉ。木山さんなんだけど……」

 どうしましょ。木山さんからの返事を保留にしたまま数日が過ぎていたから、いい加減に催促の連絡かもしれない。

 そうは思っても、何も考えていないのだ。というか、まだ大丈夫だろうと勝手に思い、のんびり構えすぎていた。

「どうしようか?」

 タイちゃんへと訊ねている間も、着信音は鳴り続けている。

「どうしようかって。とりあえず出たら?」

「そ、そうだよね」

 タイちゃんに促されて携帯を耳に当てる。

「もしもし」

『こんばんは。木山です』

「は、はいっ。こんばんはっ」

 動揺して応える声が裏返った。

 そんな私をタイちゃんがビール片手に冷めた目をしてみている。自分には関係ない、とでもいうところなのだろう。だって、私を一瞥したあとは、肉じゃがとビールに夢中なんだもん。

 タイちゃんに気をとられていると、電話の向こうからは何も知らない木山さんが話しかけてくる。

『今、お時間大丈夫でしょうか?』

「はい。大丈夫です」

 どうしよう。返事、決めてないよ。告白のこと訊かれたら、なんて言おう。

 右往左往する気持ちが行動に現れて、携帯を耳に当てたまま狭いリビング内を行ったり来たり。そんな私の行方をタイちゃんがしらっとした顔をしながらも、なんとなく目で追っている。

 所詮、他人事だよね。だけど長い付き合いじゃない。そんな顔してないで、助けてよ。

 縋る気持ちを目で訴えかけてみたのだけれど、通じるはずもない。というか、助けてといわれても、どうすればいいのさっていう話よね。

『あの、西崎さん』

 名前を呼ばれると、頭の中ではうるさいほどにエマージェンシーコールがガンガン鳴り響く。

 考えていなかったからってまた保留になんてしたら、調子に乗るなよって話よね。いくら穏やかな木山さんだって、いい加減答えを出さなくちゃ呆れられてしまうだろう。

 落ち着かない気持ちで、思考があっちこっちにぶれていると。

『また。食事に付き合っていただけないかと思いまして』

 え? 食事?

 問われた意味に気がついて、思わず拍子抜けしてしまった。返事の催促じゃなかったのねとついほっとしてしまう。

「あ。食事ですか。食事ですね」

 無駄に復唱している自分に、どれだけ焦っていたかが判る。

 それでもやっぱり、告白のことじゃなくて、よかったと思う。

 ほっとしている私に気づくはずもない木山さんは、いつもどおりの雰囲気で都合を訊いてくる。前回同様、仕事終わりの平日に、今度はイタリアンに誘われた。

『いかがでしょうか?』

「はい。是非。よろこんで」

 返事をせっつかれなかったことと、美味しいイタリアンを瞬時に想像したことで、さっきとは雲泥の差のテンションで返事をした。我ながら、とても現金な対応だ。

 木山さんからの電話の内容は食事のお誘いのみで、それ以上の何かを訊かれることもなく話は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る