第36話 今日も 2

 理不尽ながらも、仕方なく冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、タイちゃんに一本を渡した。

「ありがと。葵さん」

 満面の笑みで受け取ると、缶ビールのプルタブを開けたタイちゃんは、とても美味しそうに喉を鳴らす。

「うめぇっ」

 その一言を言うためにここにやってきた、というくらいの満足な顔だ。

 そんなタイちゃんに負けじと、私もビールを一口。

「うんっ。おいしいっ」

 私の言葉にタイちゃんの笑顔が返ってきて、つい微笑み返してしまった。

 ヤバイ、この自由な輩に取り込まれ始めている。気をつけろ、葵。この家をのっとられるぞ。

 満足げなタイちゃんの顔に向けていた笑顔を素の顔に戻し、コホンと一つ咳払い。

 泡のついた口元を指先でちょっと拭い、冷蔵庫の食材をチェックする。

 さて、何にしようかな。

「何作るの?」

 お腹を空かせたタイちゃんが、一緒になって冷蔵庫の中身を覗いてくる。中には、いつ涼太やタイちゃんが押しかけてきてもいいように、ある程度の食材は確保してあった。

 何気に私って健気じゃない?

 誰も褒めないので自分で慰め程度の賞賛をしておく。

 よっ、やるね、葵。さすがです!

 脳内に鳴り響く賞賛の拍手に満足してから、気を取り直す。

「少し待てる?」

 豚肉を取り出してタイちゃんに訊くと、缶に口をつけたままコクコクと頷いた。

「肉じゃがで、ビールとかどう?」

「いいねぇ~」

 缶から口を放すと嬉しそうな笑顔をするものだから、思わずこっちも釣られて笑顔になってしまった。

 まただ。いかん、いかん。どうしてか、タイちゃんの笑顔に釣られてしまう自分がいる。まー、でも。笑顔に釣られるくらいはいいか。

 のほほんと軽く捉える。キッチンに立ち、野菜たちの皮をむいてザクザクとジャガイモやら人参やらを切って煮込んでいる間。つまみがわりにネギをたっぷり乗せた冷奴と、モヤシで作った少しピリ辛のナムルを出しておいた。

 タイちゃんは、それだけでもわりと満足そうにして、ビールがゴクゴクと進んでいる様子。私も少し摘んでビールをゴクゴク。おいしっ。

 冷蔵庫に納まっている缶ビールだけで足りるだろうか?

 あとで買い足さなくちゃならないかも。こんな時こそ涼太から電話が来たら、来る途中で買ってきてもらうんだけどな。

 タイちゃんのいい飲みっぷりと、自らの消費量を考えていると、なにやら視線を感じた。タイちゃんが、ジッと私の顔を見ているんだ。

 なに?

「で?」

「ん? でって、何よ」

 意味のわからない謎かけに首を捻ると、タイちゃんは冷奴を一口食べてビールを飲み、缶ビールの心配をしている目の前の私を見て訊ねてきた。

「そろそろ、何か話したいことができる頃だと思ってきてみたんだけど」

 だから、で? なわけね。

 わあぉっ。さすがタイちゃん。伊達に付き合い長くないじゃないの。

 ある意味よくできた気配りに、感心してしまう。

 そんなタイちゃんは、万全の聞く態勢で冷奴を口にする。

 ほらほら、何でも話してみなよ、とばかりのタイちゃんへ、私はこの前のことを話した。

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