第35話 今日も 1

 今日も一日、瀬戸君にこき使われて酷使した体を引き摺り、漸く自宅前にたどり着く。一先ずふぅっと息をつけば、気配を消すことなく現れる人物がいた。

「また来たね」

 ドアの前でバッグの中にある家の鍵を探していると、そんな私の隣にタイちゃんが自然と並んで立った。あんまり自然に現れて、あんまり自然にいるから、突っ込むほうがなんだか不自然に思えてきて言葉がない。

 見つけ出した鍵を取り出してドアを開ければ、私の後ろについてタイちゃんも上がりこんできた。

 靴を脱ぐと直ぐにネクタイを緩めて、どかっとまるで定位置のようにリビングの椅子に腰掛ける。

「あ~。今日もよく働いた」

 ふう~と息をつくと、真っ直ぐ私を見て当たり前のように言い放つ。

「ビールある? あ、それより腹減っちゃったな」

 自然すぎる。めちゃくちゃ自然すぎる。なんなのよ、この自然な振舞いは。ここは君の自宅じゃないのよ。くつろぎすぎでしょ。

 突っ込むとこだらけだというのに、第三者が見たらあまりに自然すぎて気づきもしない感じだから、取り合えず手に持っているバッグを置いてひとつ息をついて冷静さを取り戻す。

「あのさ。タイちゃんの存在って、自然は自然なんだけど。やっぱりさ、遠慮ってものがないと思うのよ」

 淡々と語る私の顔をマジマジと見返したタイちゃんは、何を言い出すんだよ、葵さん。とばかりに真剣に諭してきた。

「葵さん。よーく考えてみて。いい? 遠慮してる俺、想像できる?」

 言われて、タイちゃんが“いえいえ。そんなそんな。”なんて腰低く謙遜や遠慮をしている姿を想像したら、余りに不自然すぎてつい顔がしかめっ面になった。

 ヘコヘコと作り笑いをしているタイちゃんの姿をリアルに想像してみれば、無駄に甘いケーキでも食べちゃったみたいに胃の辺りがムカムカしてきた。

「ね」

「うん。気持ち悪い。胃もたれしそう」

 お腹を押さえてげんなりしている私を見て、さっきまでシラッとサラッと居座っていた態度が不満に変わる。

「それは、言い過ぎ」

 僅かに頬を膨らませ、心外だといわんばかりの顔をした。

「ごめん、ごめん」

 って、何このやり取り。

 だけど、やっぱり真面目に遠慮しているタイちゃんなんて、タイちゃんじゃないんだよね。図々しいからタイちゃんなのであって、そうじゃないタイちゃんは、タイちゃんじゃなくて。

 だけど、あぁーっ、もう。

 行き場のない憤りに、私だけがモヤモヤしてくる。

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