第20話 お食事タイムで営業トーク? 2

「弟さんは、お元気ですか?」

 コース料理を一通り堪能して食後のお茶をすする頃、木山さんが訊いてきた。

「もう、元気と言うか。相変わらずと言うか」

 相も変わらずご飯をたかりに来る弟を思い出せば、苦笑いしか浮ばない。

「一緒に食事に来るなんて、仲がいいですよね」

「どうなんでしょうね。なんか、弟の特権を大いに利用している気がしますよ」

 肩をすくめたけれど、涼太からいつ飯食わせてメールが届くかと、何気に日々気にしている自分にも苦笑いだ。

「お姉さんの事が嫌いなら、一緒にご飯なんて食べないですよ。きっと、涼太君は西崎さんが好きなんですよ」

「ですかね。たった一人の姉弟ですから、嫌われているよりはいいですよね」

 とかいいながらも、なんだかんだで弟のことは可愛いのだけれど。身内のことを自ら可愛い弟で、なんて言うのも気が引けるのです。家族の話って照れくさいもんだね。

「木山さん、ご兄弟は?」

「僕は、一人っ子なんです。なので兄弟の居る人が羨ましくて」

「そうなんですか。木山さんを見ていると、長男ていう感じがします」

「兄ですか。それもいいですね。西崎さんみたいな妹がいたら、毎日楽しいだろうな」

「ええー。私が妹ですか? よく食べるし、よくしゃべるんで、ずっと一緒じゃ大変かもですよ」

 私が笑うと、「それがいいんじゃないですか」と木山さんが微笑む。それから、不意に真っ直ぐ目を見つめられて、逸らせなくなってしまった。

 なんて言うか、甘い雰囲気?

 いつもの穏やかな眼差しはそのままなのに、その奥にある熱いものに心を奪われていくような甘い感情が読み取れる。

 ゆったりと流れていた時間が止まり、木山さんの見つめる瞳に心臓が反応して速くなる。なんともいえない緊張した空気に包まれて、目を逸らせないまま、思わずごくりと小さく喉が鳴った。

「僕は、好きですよ。そういう人」

 え……。

 木山さんの言葉に、緊張度が嵩を増した。静か過ぎるこの場所に、ドクドクと間隔を縮めて速まる私の心音が、部屋中に響き渡っている気がしてどうしていいのか判らない。

 こんなイケメンの顔した人に、目の前でそんなことを言われたら、ドキドキせずにはいられないってものですよ。勘違いしてしまいそうになる自分の感情にストップをかける。

 好きっていっても、色々あるよね。木山さんは、きっと営業的な感じでそんなことを言っているんだよ。一緒に食事している相手を喜ばせるなんて、お店を経営しているんだから、これくらい普通のことだよ、うん。

 勘違いに鳴り響く胸の音を抑えつけて、話題を変えた。

「あ、でも。姉弟がいると、余計なおまけがくっついてくることもありますよ」

 動揺しているせいか、若干早口になってしまった。そのせいか、木山さんが少しきょとんとした顔をしてから訊き返す。

「おまけですか?」

「弟の友達が居るんですけど。タイちゃんて言って、これがなかなかいい神経してるんですよ」

 勘違いしそうな熱い視線を掻い潜り、私はタイちゃんのことをペラペラと話した。勝手に家に来るとか。涼太と一緒に食事にありつくとか。人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、楽しみにしていたプリンを食べちゃうとか。危うく実家に住みつくところだった、というところまで話すと木山さんが凄くおかしそうに笑いだした。そこで、やっとさっきの緊張感が和らいだ。

 ありがと、タイちゃん。タイちゃんにお礼なんて、きっと一生言うことないと思っていたけど感謝だよ。今度は、タイちゃんの分のプリンも用意しておくね。

「面白いお友達ですね」

「笑いごとじゃないんですから」

 タイちゃんのことを思い出し、私は腕を組んで憤慨してみせる。そんな私を木山さんがまたおかしそうに笑う。

「でも、西崎さん。とても楽しそうですよ」

「えっ。そうですか?」

 木山さんに言われて、思わずそうなのか? なんて考える。

 確かに、タイちゃんにはなんだかんだ怒ったりしてみても、結局笑って終わることが多いかもしれないな。あのつぎはぎのオムライスなんて、いい例だよね。木山さんに見せたら、余りにひどくてぶっ飛ぶかもしれないよね。新しい料理ですか? 斬新ですね。なんて。

「今度そのお友達のタイちゃんも、うちのお店に連れて来て下さいよ」

「えー。けど、涼太と一緒で、普段から食べ物に飢えているのでガツガツしてますよ」

 想像しただけで、どんなに凄い量を食べるのかと恐ろしくなる。木山さんのお店に二人を連れて行ったら、私のお財布の中身が空になりそうだよ。その辺のホラー映画よりも恐いじゃん。

「大丈夫です。西崎さんならサービスしますので」

 そう言って、木山さんは笑った。心強い。


「今日は、ありがとうございました。本当にご馳走になってしまっていいんですか?」

 表に出てから確認すると、当然です。というように笑みを見せる。

「お気になさらずに」

「ありがとうございます。ご馳走様でした」

 私は、ぺこりと頭を下げる。

 さっきまでの夢のようなゆったりとした時間が嘘みたいに、外は酔客で賑わっていた。少し離れた先からは、酔ったサラリーマンの無駄に大きくて意味不明な話し声や笑い声が聞こえてくる。

「その代わりというわけではないのですが。また、他のお店に行く時にもお付き合いいただけますか?」

 木山さんは少し躊躇うように言った後、伺うように私のことを見ている。

「えっ。いいんですか?」

 こんなに美味しい物をまたご馳走になれるなんて、私の方が伺いたいくらいだ。

 驚きながら訊ね返すと、満面の笑みが返ってきた。

「はい。もちろんです」

 その笑みに安心感を覚える。

 木山さんは、いつも私をほっとさせてくれるんだよね。営業スマイルだろうとなんだろうと、こういう癒しは大切よね。

「是非」

「良かった」

 木山さんの人柄に癒され、お腹も膨れ。とてもいい一日だったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る