第19話 お食事タイムで営業トーク? 1

 平日の夕方。私の仕事が終わる頃、木山さんは会社の近くまで迎えに来てくれた。いつも見ているシェフユニフォームではなく、明るいベージュのチノパンにカジュアルなシャツとジャケットを合わせている姿は、夜だというのに今すぐにでも青空が頭上に広がり始めるのではないかというくらい爽やかで似合っていた。

 対して私は仕事帰りということもあってスーツ姿だけれど、余りかたっ苦しくならず、更には可愛くなりすぎない程度のフリルシャツを選んだ。

 なんだかデートみたい。

「すみません。わざわざ」

「いえ、こちらこそ。付き合って頂くのは、僕の方なので」

 相変わらず紳士で謙虚な木山さんは、大通りでタクシーを拾い、目当てのお店に案内してくれる。

「どんなお店なんですか?」

 後部座席に座って少ししてから訊ねると、涼やかな表情で応えてくれる。

「今日は、和食のお店です」

「え? 和食ですか?」

 イタリアンのお店なのに、和食を食べに行くの?

 不思議に思っている私の疑問に、木山さんが応えてくれた。

「僕の店はイタリアンですけど、どんな料理にも学ぶべき事は色々ありますから」

 ほへ~。お店一つ背負っている人の言う事は、やっぱ違うねぇ~。タイちゃんに聞かせたいよ。

 木山さんの発言に感心していると、お店に着くまでの間、私が飽きないようにしてくれているのか、無難な話題をふってくれた。

「お仕事、大変ですか?」

 隣に座る木山さんが穏やかな表情で訊ねる。

「いえいえ。木山さんに比べたら、私のやってることなんて」

 瀬戸君にこき使われているのが、八〇パーセントくらいを占めてるだけですから。

 謙遜した顔をしつつも、心の中で毒を吐く。

「そういえば、以前一緒にいらした方は、上司の方ですか?」

「以前? ああ」

 どうやら篠田先輩のことみたいだ。

「直の上司ではないです。別部署の先輩で。私がドン臭いんで、よく気にかけてくれていて」

「そんな。西崎さんは、ハキハキしているし。とても仕事ができそうに見えますよ」

「そんなことないんですよ、これが」

 思わず苦笑い。

「その先輩、篠田先輩ていうんですけど。ありがたいことに、色々と助けてくれるんです。この前も、うちのフロアにあるコピー機が古いタイプだったから、自分のところのを使ってもいいよって言ってくれまして。篠田先輩のところのは、最新のコピー機なんですよ。もう、ソートとかホチキス止めとか、ガンガンやってくれるんで助かっちゃいました」

 まー、壁バンの恐ろしいおまけ付きでしたけれど。

「そうやって周りの人に助けてもらえるっていうのは、西崎さんの人柄だと思いますよ」

 いえいえ、そんな人柄なんて滅相もない。木山さんが普段の私を見たら、苦笑いしちゃうかもしれないですよ。なんてったって、瀬戸君にこき使われて日々ぶーたれてばかりいるんですから。

「きっと。その篠田さんも、西崎さんのことを放っておけないのでしょうね」

 え? それはやっぱり、ドン臭いということではないのでしょうか……。

 頬が引き攣りそうになりながらも世間話を続けていると、間もなく目的のお店に辿りついた。しっとりとした雰囲気の和食料理店には、木山さんの名前で予約が入っていて、店内に入ると着物を着た女性が二階の個室に案内してくれた。

「なんだか、高級感満載ですね」

 店内の廊下に作られた石畳の道を行き、琴の音色が流れる個室に入るとテーブルは掘りになっていて、窓からは庭が眺められた。とても都会のど真ん中にあるお店だとは思えない。よく見ると、小さな池もある。鯉がいたりして。あ、鹿威しもある。

 あのカコーンッていう音が、またいいんだよねぇ。

「食事だけじゃなく、雰囲気も大事ですからね。こういう風に、日本を感じさせる造りはいいですよね。気持ちが和みます」

 木山さんそのものが、和みの塊みたいなものじゃないですか。という突っ込みも、この雰囲気では言葉にできずに飲み込んだ。

 向かい合わせで座り、これも予約してあったのか、料理は懐石のコースに決まっていた。

「ここの椀物がとても美味しくて、目にも美しいと聞きまして、是非一度目で見て味を感じたいと思いまして」

 とても楽しみなんです。と付け加えると、木山さんは嬉しそうに頬を緩める。

 本当に料理が好きなんだなぁ。料理の話をする時、木山さんは本当に幸せそうだし、とても楽しそうだ。好きなことを仕事にできているなんて凄いなぁ。

「飲み物は何にしますか? 僕は日本酒を頂こうと思いますが」

「じゃあ、私もお願いします」

 懐石料理にあった日本酒を選んでもらい、一緒に頂くことにした。

 運ばれてくる料理に箸をつけ、目で楽しみつつ味わっていると、普段の生活とはかけ離れた異次元の世界にでも来てしまったようで気持ちがゆったりしてくるし、雰囲気にうっとりする。

「時間が止まったように、寛げますね」

「こういう雰囲気は、和食のいいところですよね。僕も、こういうゆったりとした時間を楽しめるのは、本当に素晴らしいなと思います」

 木山さんの言っていたとおり、ここの椀物は本当に綺麗で美味しかった。研ぎ澄まされた、芸術作品のような繊細さみたいな。素人の私でも、椀の蓋を開けた瞬間にほ~っ。とため息ものの素晴らしさだった。

 箸で崩してしまうのがもったいないくらいなのだけれど。そこはそれ。食べるのは私なので、躊躇なく口へと運ばせてもらいます。

 うん。美味しい~。

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