第21話 ドキドキが再び 1
来たときと同じようにタクシーへ乗り込むと、木山さんは自分のお店のある場所を運転手さんへ告げた。
「あの、西崎さん。よかったら、うちの店でお茶でも飲んでいきませんか? 美味しいコーヒー、淹れますので」
「あ、はい」
言われて、私は木山さんのお店へ行くことになった。
しばらくして、辿り着いたお店の前でタクシーを降り、木山さんに続いて営業をしていない店内に入れば、そこは独特な静けさに包まれていた。昼間ならランチ合戦に大賑わいで、夜のディナータイムならしっとりと静かで優雅な雰囲気のこのお店が、今は
私たちの気がつかなところで。あ、人間が帰ってきた!?
なんて、妖精やこびとたちがサワサワと囁き交わしながら慌て、キラキラとした小さな光を零して、ふっと消えるとかね。
アニメや映画の観すぎかな。
「誰もいないお店にお邪魔するのって、なんだか変な気分ですね」
私の言葉に、木山さんが笑みを見せる。
「従業員やお客様もおりませんし、火も使っていませんから活気がないですよね」
フロアと厨房に灯りをつけると、テーブル席の椅子を引いて座らせてくれる。それから、テーブルのキャンドルに火を灯した。ふわりというように炎が揺れる。
「少し待っていて下さい」
コーヒーの準備をするために、木山さんが厨房へ入る。その姿を少し眺めてから、ゆらゆらと揺れる炎に目を移し、一番最初にこのお店へ来た時のことを思い出していた。
まだ、たった一年ほど前のことだ。うちの女子社員の間で、イケメンの店長が居るイタリアンカフェのお店がオープンした、と噂になっていた。しかも、そこの料理が美味しいと。
その頃の私は今と変わらず瀬戸君にこき使われてたわけだけれど、ここ最近のようにコンビニご飯なんてこともなく、ランチだけはしっかり外へと食べに出かけていた。それは大概、会社の裏にある定食屋さんか、ランチではパスタをメインにしている昔ながらの洋食屋さんだった。そんな洋食屋の日替わりパスタの味や定食に飽きて来た頃、そのイケメンが作っていると噂になっているお店に行ってみようと思いたつ。オープンして二、三ヶ月が経った頃だった思う。新しいお店。しかも、オフィス街で始めた飲食店がこの先も続くかどうかは、この辺りからが勝負だ。おしゃれだイケメンだと言っても、結局は味だ。美味しくなければ客は減る。ところが、三ヶ月が過ぎてから訪れても客足は盛況のようだった。外に並んで待っている人が居る時点で、イケメンを売りにしているわけじゃないってわかる。少し待ち、店内に案内されれば接客も行き届いているし、何より料理が美味しい。そして、あのドレッシングだ。何度も通い、色んな料理を堪能したけれど、どれもとても美味しくて満足だった。
そうやって、ランチ時に足繁く通ってしばらくした頃、私は木山さんと話す機会を得た。食事へ行くと、時折厨房に居るイケメン店長さんがフロアに出ることがあるのには気づいていた。みんなが噂するように、確かにイケメンだし気遣いバッチリでよく気配りが出来ている。だけど、それだけじゃない。あのドレッシングがとても美味しいということを、私はどうしても作った本人に直接伝えたかったんだ。だから、珍しくフロアに出て料理を運んで来た木山さんに、私は力いっぱい美味しいということを伝えた。そんな私に木山さんは、とても嬉しそうにお礼を言ったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます