第17話 また来たな 1
木山さんとの食事を、数日後に控えていた休日の午後。特に出かける用事もなく、一人の自宅で昼間の緩いテレビ番組を見ながらスナック菓子を食べていたら、呼んでもいないのにまたタイちゃんがやってきた。
今日は、涼太から“飯食わせて”メールさえ来ていないというのに何故やって来た?
まさか、このスナック菓子の匂いに反応したというのか?
「あのさー。休日の昼にまで来る?」
「え? 夜の方がよかった?」
イヤイヤ、そういうことではなくてね。
「葵さん。ヒマしてんだろうな、と思って」
うん。否定できないところが悔しいぞ。
「高校の時も、休みになると部屋でゴロゴロしてたでしょ」
得意気に言われるとなんだか腹が立つけれど、確かにそうなんだよね。何処へ出かける予定もなく、部屋にこもってゴロゴロしているところへ、タイちゃんがよく来てたっけ。で、お母さんが出してくれたおやつを食べながら、部屋で一緒に漫画を読んだりしてたなぁ。懐かしい。
って、もう学生じゃないのに。
とはいうものの、年をとってもやっていることに変化がないというのは、成長がないということか。う~む。
「だから、相手になりに来た」
「それは、わざわざどうも―――って。あのねぇ」
私のノリ突っ込みにタイちゃんが笑っている。なんだか楽しそうじゃないのさ、ちっ。
そうか、わかったぞ。私がヒマしているというよりも、タイちゃんがヒマなんじゃないの? 私で暇つぶしに来たんでしょ。まったく、もう。
「この前、涼太にだけうまいメシ奢ったって訊いたけど」
話を変えたタイちゃんは、恨めしそうな顔つきをした。
「ああ。木山さんところのね。って、タイちゃんにうまいメシ奢る理由ないし」
「涼太に食わせるなら、ついでじゃん」
イヤイヤ、だから。君は、何を勘違いしているんだい?
確かに家族のように過ごしてきたけれど、私がタイちゃんに奢る理由はないでしょう。何か食べたいなら、せめてうちのお母さんに言ってよね。ってそれだっておかしな話だけれど。
「ところで、手土産は?」
私が右手で、ほら、よこしな。的に、クイクイッと合図をすると、タイちゃんは以前同様に笑顔で紙袋を手渡してきた。しかも、とても得意気な顔をしてだ。
「はい、どうぞ」
受け取った紙袋には、以前同様になんだかおしゃれな絵柄が印刷されている。普通ならここで、美味しそうなスイーツが入っていると想像するところだけれど、しかし、相手はタイちゃんだ。騙されてはいけない。また、あのつぎはぎのオムライスが入っているかもしれないからだ。この得意気な顔だって、怪しいことこの上ない。
“更に腕を磨いてくる”なんて言っていたのを思い出せば、中身に期待なんかしちゃいけないんだ。
警戒しながら中を覗くと、ケーキらしき白い箱が入っていた。
え? うそ。本当に? 私、期待しちゃうよ。
ケーキでも入っていそうな真っ白な箱に、さっきまで抱いていた警戒心も猜疑心も吹き飛んで行き、性懲りもなく素敵な中身を想像して、思わず紅茶にするかコーヒーにするかと思案した。紙袋の中からそっと箱を取り出してみれば、いい感じの重み。これは、まさしくスイーツ系の重み。けして、つぎはぎだらけでご飯びっしりな、あの不恰好なオムライスの重みじゃない。
ウキウキとした気持ちを隠しもせずに、私は白い箱の蓋を期待いっぱいで開けた。
だけど、しかし。やっぱり、タイちゃんだった。期待充分で中身を見て、目が点……。
夫婦漫才並みに“てんどん”を繰り返したくはないのだけれど、以前同様睨まずにはいられない。
「ちょっと、タイちゃんっ。なんなのよっ、これっ」
「俺の渾身の一品だ!」
デジャブかっ。
自信満々なその顔に、グーパンしていいですか? しかも、中指の関節ちょっと出して尖らせた感じでグーパンしていいですかっ!
私の怒りをものともしないタイちゃんは、何故だかやっぱり得意気な顔をしている。その自信がどこからやってくるのか、私にはさっぱり理解できないよ。
箱の中身は、確かにスイーツだった。
だけど、だけど。もうっ。
「何を作ってきたのよ、これっ」
呆れて、箱ごとタイちゃんに突き返すと、何をとぼけたことを言ってるんですか。くらいの微笑を讃えて受け取っている。
「どう見ても、カップケーキじゃん」
どう見ても? 今、どう見てもっていった?
タイちゃんの眼は、節穴だ。この、よくわからないおどろおどろしい形に膨らみつつ、デコレートと言ってはいけないくらいの溶けている生クリームの乗った、まるでアニメに登場する妖怪みたいな形の物を、どう見てもスイーツと?
余りの酷さ加減に、私は脱力ですよ。もう、タイちゃんから貰う物には、一切の期待をいたしません。遅まきながら、今日でようやく学習することが出来ました。
そうして、ここにも“てんどん”が。
タイちゃんが、私から返された箱の中味を覗いて、前回同様に叫び声を上げた。
「あーっ!! 葵さんのために飾ってきた生クリームがーっ!」
既視感ありありすぎて、呆れた溜息がこぼれる。
「だから、前も言ったけど。持ってくるまでにこうなるのは、解りきってるでしょ。ケチャップでああだったんだから、タイちゃんも少しは学習しなさいよ」
「そうだった。ここに来てから、生クリームを飾ればよかった」
グチャグチャになった妖怪モドキのカップケーキを見たまま、肩を落とすタイちゃん。かなり頑張って作ってきたのか、落ち込み具合が余りに可哀相過ぎて、仕方がないから今回は私が二人分のフォークを用意してあげた。
「ほら。紅茶淹れてあげるから、そんなに落ちこまないで。ね、食べよう。妖怪ケーキ」
「え? ……妖怪ケーキってなに?」
あ、つい心で思ってい事が……。
なんでもないと誤魔化すようにヘラヘラと笑い、私はキッチンでお茶の準備にとりかかる。
ここは、話題を変えておこう。
「そういえばさ。涼太と、食べに行ったお店の店長さんが、ちょっと知り合いなんだけどね。木山さんって言ってね。料理の勉強で、気になるお店があると食べに行くんだって。で、今度一緒にって誘われちゃった」
嬉々として話すと、タイちゃんはまだ落ち込みから回復できないのか、唇を尖らせて私を見ている。まるで拗ねた子供みたいだ。
「話しの意味がよく理解できないんだけど」
テーブルに頬杖をつき、不満げな言い方で更に唇を突き出す。失敗してしまったカップケーキに落ち込んでいる自分を差し置いて、そんな嬉しそうな話題を楽しそうにするなとでも思っているのかもしれない。
けれど、妖怪ケーキに拗ねている子供の相手をして、こちらまで唇を突き出していてもちっとも楽しくないからしかたない。
「いつもね、一人で食べに行くらしいんだけど。寂しいから、話し相手が欲しかったんだって」
私は敢えて、さっきよりも声を弾ませる。けれど、浮かれて弾む声を抑えつけるみたいに、タイちゃんの唇はまだ突き出たままで言い返された。
「だったら、従業員と行けばいいじゃん。そしたら、働いてる人のスキルだって、上がるじゃん」
ん? それもそうだね。
ティーパックの紅茶にお湯を注ぎながら、首が横へと倒れる。
あれ? じゃあ、何で私誘われたの?
……あ、そっか。
「多分。私が木山さんのドレッシングを絶賛したから。その舌を認めてのことなんじゃないかな」
木山さんが話していた言葉を思い出して付け足すと、はんっ。というようにタイちゃんは鼻を鳴らした。
「絶賛て。素人の舌に、なに期待すんのさ」
なんという投げやりな言い方。なんだか少しイラついてきたよ。失敗した妖怪ケーキに機嫌が悪いのは結構ですが、私にあたらないでよね。
「食事に来る人はみんな素人でしょっ」
少々強気で言い返したら、尖っていた唇が瞬時に引っ込んだ。
「なるほど」
お、納得した。
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