第16話 ラッキーランチ 2
「お待たせしました」
木山さんの年を勝手に妄想していたら、本人が料理を持ってやってきた。
「今日の賄い飯です」
目の前には、少し大きめのハンバーグが美味しそうな湯気を上げて香りを放っている。
ヤバイ。見ただけで美味しい。
できたてのハンバーグに釘付けになっていると、空いていた隣の席に木山さんも座った。
「隣、いいですか?」
「もちろんです」
ニコリと返すと、従業員全員で“いただきます”をした。
なんだか、大家族の一員になったみたいでワクワクするよ。
賄い飯とはいえ、流石木山さんの料理。一口食べたら、ほっぺたが落ちるかと思う位の美味しさだ。肉肉しいのにしつこくなくて、ふんわりとしている。しかも、肉汁が凄い。
「美味しいっ。なんですか、この優しい食感はっ」
一口食べたところで、余りの美味しさに隣の木山さんに掴みかかるくらいの勢いで訊ねた。
「繋ぎに山芋を使っているんです」
「山芋ですか。メチャクチャ美味しいですっ」
これが賄い飯なんて、なんて勿体無い。メニューに加えたら、バカ売れ間違いなしだよ。
「西崎さんに美味しいと言ってもらえると、本当に嬉しいです。作った甲斐があります」
「私なんかで良かったら、いつでも言いますよ。だって本当に美味しいですから」
興奮する私を、木山さんも食べながら穏やかな視線で見ている。
考えてみれば、ここでよくご飯は食べているけれど、こうやって一緒に食べることってなかったな。木山さんのお店なんだから当たり前のことだけれど、作った本人と隣りあわせで食事しているなんてなんだか面白い。
ああ、そうか。木山さんと付き合った人は、こういう特典が手に入るってことなんだよね。付き合ってもいない私が、お先にすみません。
誰にともなく胸中で謝りつつ、余りの美味しさに、ご飯もスープもサラダも、あっという間に完食した。隣では、木山さんがニコニコ顔でそんな私を見ている。よく食べるなぁ、と思われているのかもしれない。少し恥ずかしいけれど、事実だし美味しいのだから仕方ない。
「ご馳走様でした」
「コーヒー、淹れますね」
「ありがとうございます」
営業時間外にもかかわらず、至れり尽くせりだわ。今が仕事中じゃなかったら、いつまでもここでまったりしていたいくらい。
あー、けど。無駄に嗅覚の鋭い瀬戸君から、サボってないでさっさと戻れ、とか連絡来ちゃうかもなぁ。想像しただけでげっそりしてくる。
木山さんが淹れてくれた食後のコーヒーは、私好みに苦味が効いていてとても美味しい。
「ここのコーヒーは、いつ飲んでも美味しいですね」
「ありがとうございます。いらしてくれた方には、最後まで笑顔で満足して頂きたいですから」
ああ、木山さんの爪の垢を瀬戸君にも飲ませなくてはいけないとシミジミ思うよ。たまには瀬戸君も、お疲れ様と私にコーヒーを淹れるくらいしてくれないだろうか。ないだろうなぁ。ないない。
寧ろコーヒー淹れろと言われるのが落ちだ。ああ、うんざり。
「ところで、木山さんておいくつですか?」
「え? あ、僕ですか?」
突然の質問に面食らっているけれど、好奇心丸出しの私に嫌な顔ひとつせず応えてくれた。
「二十九です」
「えっ! 若いですねっ」
驚いて、思わず正直に反応してしまった。そんな私の驚き具合を、近くに居た従業員の方がクスリと笑うので、肩を竦めてぺこりと頭を下げてから、声のトーンを少し下げて話の続きをする。
「若いのにお店をもつなんて、凄いですね」
「そんなことはないですよ。ここ、元々は父の店があった場所なんです。そこを譲ってもらっただけなので」
謙虚に応えているけれど、普段からのお客の入り具合をみれば、やっばり凄いと思う。お店を維持出来ていることが何よりの証拠だ。
「日々、勉強ですよ。あ、そうだ」
木山さんが何か思いついたような顔で私を見た。
「来週の定休日なんですが。夜にお時間ありませんか?」
私は、首を傾げる。
「僕。評判のいい店があると、勉強のために食事をしにいくんですけど。ちょっと気になるお店を見つけたので、良かったら一緒にどうかと思いまして」
木山さんが気になるお店ということは、味に期待できるということだよね。
「私でいいんですか?」
「はい。西崎さんは、いつも美味しいって食べてくれるし。僕のドレッシングを絶賛してくれた舌があるので、一緒に料理を食べて感想を聞かせていただけると助かります。それに、いつも一人で行くので、話し相手が欲しかったんです。お付き合いいただけますか?」
「私なんかで良かったら、是非」
そんなこんなで、私は木山さんと食事の約束をした。しかも、今日のランチは賄い飯だからと代金をもらってくれないという。なんとも、紳士的な木山さんでした。
どんなお店の美味しい料理にありつけるのか、今からメチャクチャ楽しみ〜。
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