第13話 社内で壁バンッ 1

 木山さんのおかげで、最近の私は野菜漬けだ。バリバリムシャムシャと、あの頂いたドレッシングをかけて食べまくっている。芋虫のような野菜摂取だ。

 だって、あのドレッシング、本当に美味しいんだもん。奇跡の味だね。今年の健康診断では、間違いなくA診断をもらえることだろう。

 そんな私は、あの夜以来木山さんのお店に顔を出していない。ドレッシングを貰ったからしばらく用済み、なんて情けもへったくれもないわけじゃない。

 瀬戸君にこき使われているせいで、ランチタイムを逃してコンビニご飯、なんていうのが続いているのだ。

 瀬戸君め、いつかシメてやる。

 鼻息も高らかに、そんな瀬戸君から頼まれた会議用の書類を、今日の私はさっきから永遠とコピーし続け、それをまとめてホチキス止めをしていた。

 このご時勢に、何をそんなに紙に頼ることがあるというのか。無駄としか言いようがない。

 ブチブチと思ってはみても、お上に逆らうことなどできようはずもなく、黙々とコピー作業を続ける。

 最近のコピー機はソートもついていてホチキス止めしてくれるものなんてザラのはずなのに、何をケチっているのか、うちの課にあるコピー機ってばレトロなんだよね。篠田先輩のいる、華の営業部にあるコピー機は、確かその手やつだった気がする。

 どうせリース組むんだから、全課統一してくれたらいいのに。

「大変そうだね」

 A4のコピー用紙が切れて、しゃがんでガサゴソと抽斗に用紙を足していたら、上から声が降ってきた。見上げれば、篠田先輩だった。

「あ、お疲れ様ですっ」

 慌てて立ち上がって頭を下げたら、クラリと立ちくらみ。めまいに耐えようとコピー機に手をついたらボタンに手が触れてしまい、しなくてもいいコピーがピーっという陳腐な音を立てて出てきてしまった。しかも、A3……。袋とじ印刷をお願いしたつもりはないのですけど……。

 出てきた用紙に頬を引き攣らせていると、篠田先輩が笑っている。

「なんか、うん。今日も大変そうだね」

 言いながら笑っている先輩に恥ずかしくなる。

「よかったら、うちの課のコピー機使いなよ。ホチキスもするんでしょ?」

 近くのテーブルにある書類の束と、無造作に置かれているホチキスに目をとめた先輩が神の手を差し伸べてくれた。

 これが瀬戸君だったら、もっと早く言ってよね!! なんて、ちょっとどす効かせたくらいのいい方するところだけれど。相手が相手だから、つい満面の笑みで。

「本当ですか。ありがとうございますっ」

 なんて、素直で可愛い自分が表現できてしまうのです。好きな人の持つ力って、凄い。

 篠田先輩の好意に甘えて、私はいそいそと販売営業課へ行く先輩の後ろをついていった。

 フロアに一歩踏み込めば、うちの課との活気の違いに愕然。やる気エネルギーが充満している。

「用紙は、ここ。何か困ったことがあったら――――。あ、彼女。橋本さーん」

 篠田先輩はそう名前を呼び、デスクに向かっていた一人の女性に声をかけた。

「彼女のところ、コピー機の調子がよくないんだ。ここのを使ってもらうから、何かあったら面倒みてあげてくれるかな?」

 篠田先輩は、橋本さんという女性にそう声をかけてくれた。

「すみません。宜しくお願いします」

 私がぺこりと頭を下げると、橋本さんという女性はニコリと笑みを見せる。

「じゃあ、西崎さん。俺、仕事に戻るから」

「はい。ありがとうございました」

 篠田先輩は、軽く手を上げると爽やかに去っていった。その後姿を見送っていると、やたらと強い視線に気がつきそちらを見る。

「あなた。篠田と知り合い?」

 さっきまで浮かべていた笑みは何処へやら。表情が能面のように変わってしまった橋本さんに思わず息を呑む。

 さっき先輩が声をかけた橋本さんと、同じ方ですよね? そう確認したくなるほどの変わりようだ。

「あ、いえ。知り合いというほどでも」

 最近ランチに行った程度です、なんて頭の中で応えながらも、その時の嬉しさを思い出したら思わず顔が緩んでしまった。

「あっ、そ」

 ニヘラとした私の表情がお気に召さないのか、余りに素っ気無い返答に頬の緩みは引き攣りに替わる。

「何でもいいけど、目障りにだけはならないで」

 橋本さんは、それだけ言うとさっさとデスクへ戻ってしまった。

 えーっと、それって……、篠田先輩の周りをうろつくなと、暗に言っているんだよね?

 こわっ。

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