第14話 社内で壁バンッ 2
ブルブルと身震いをして、さっさと頼まれた物をコピーして帰ろう、と思ったのだけれど。ハイテクなコピー機の使い方を理解するまでに、時間がかかってしまった。あっちこっちボタンを押してもうまく作業が捗らずに、どうしたもんかと思っていれば、パソコンとオンラインになっているせいで、私が何もしていなくてもこの課の人たちの資料が勝手にプリントアウトされて出てきたりして焦る焦る。
右往左往している私に構うことなく、プリントアウトした物をここの課の人たちはサッと取りに来て、サッと居なくなる。使いこなせないコピー機のそばにいつまでもいる、他の課の女子には目もくれない。時折、なんだろ、この子? 的な視線だけ置いていく人は居たけれど、篠田先輩のように助けてくれる人はおらず……。かと言って、橋本さんに使い方を訊くのも恐くてできない。篠田先輩がいたときと、いなくなった後との態度が違いすぎるんだもん。
ハイテクコピー機に浮かれてやってきたけれど、地味にあっちで黙々と作業していたほうが精神的にはよかったかもしれない。
しばらくして、なんとか使い方が解ると、仕上がるまでは早かった。ソート機能であっという間に振り分けて、ホチキス止めまで一気にしてくれる。
覚えたら、やっぱり楽ちんだね。
出来上がった資料を手に、お礼が言いたくてキョロキョロと篠田先輩の姿を探してみたけれど、フロア内には見当たらなかった。外回りにでも出てしまったのかもしれない。お礼は、次に会った時にしよう。
そうそう、あの人にも……。
「あの、ありがとうございました」
デスクに向かっていた橋本さんの近くへ行き、ぺこりと頭を下げる。
「別に。私何もしてないし」
確かに、使い方がわからなくて苦戦していても、何もしてくれなかったけれどね。なんて嫌味は胸のうちに留め、とんでもないです、ありがとうございました。的な笑みを見せる。
「ああ、そうそう。使った分のコピー用紙。そっちの課から補充しておいてよね」
事務的に言われ、若干の恐さに汗が出る。
「はい。直ぐに持ってきます」
頭を下げて、即退散。
もう、恐いからっ。
早歩きで戻り、出来上がった会議資料を瀬戸君の机にドサリと少し雑に置いてやった。
「うわっ。なんだよ。乱暴に置くなよ」
何が乱暴よ。こっちはたった今、橋本さんから乱暴に扱われてきたんだ、それくらい我慢してよね。ふんっ。と鼻息を荒くして、すぐにコピー機のそばに積んである用紙の元へとかけつける。使った分は二束くらいだったけれど、あとからもっと使ったでしょ。なんてケチをつけられたら敵わないので倍の量を持って行くことにした。
コピー用紙を抱えて販売営業部へ急いで向かっていると、エレベーターを待っている篠田先輩がいた。
「篠田先輩」
「あ、西崎さん。どう? コピー終わった?」
「はい。とても助かりました。ありがとうございます」
「また、いつでも使いにきなよ」
「はい」
多分、二度と行かないと思います。橋本さんが恐いので、とはいえず、満面の笑みを返したところでエレベーターがやってきて、篠田先輩が乗り込み行ってしまった。エレベーターのドアが閉まるまで見送ってから営業部へ足を向ける。
フロアのそばまで行くと、橋本さんと入口手前の廊下で出くわした。
「あ、あの。これ。持って来ました」
廊下の壁を背に用紙の束を胸元に抱えて言うと、橋本さんの眼がギラリと光り、ビュンッという音が聞こえそうなくらいの勢いで彼女の手が風を切り、私の頬をかすめて後ろの壁にバンッ!! という音を立てた。
ヒッ!
か、壁ドン……ならぬ、壁バンッ……。
「チョロチョロと、調子に乗りすぎ」
橋本さんのドスの効いた声が目の前で放たれる。
た、助けて~。
これは、篠田先輩にこれ以上近づくと、殺されるかもしれない。
「さっさと用紙置いて、消えて」
「はいっ」
ピッと背筋を伸ばし、橋本さんが手を下ろしてくれたのを機に、ササッとフロアに入り用紙を置いて出てくると、彼女の姿は既になくほっと息をついた。
命は大切にね。
教訓のように呟き、私は背を丸めて自分の課へと退散した。
「にしざきー。何チョロチョロしてんだよ。まだやってもらわなくちゃいけないこと、いっぱいあるんだよっ」
フロアに戻ってすぐ、瀬戸君が愚痴る。
愚痴りたいのは、こっちだ。だいたい。元はといえば瀬戸君が大量に会議資料のコピーなんか私に頼むから、あんな壁バン事件が起きてしまったんじゃないのよ。やることあるなら、自分でしなさいよ。的な怨念を込めて睨みつけると。なんだよ、その反抗的な眼は! なんて感じで睨み返されてしまった。
なによ、こっちも恐いじゃんっ。え~ん。
だけど、恐いなんて泣きそうな顔をしたら更につけ入れられそうなので、次はなに? なんて、なんでもない顔を装い訊いてみる。
「出来た資料を、大会議室に並べてきて」
「了解」
大量の資料を会議室へと運び、各椅子の前に資料を置いて行く。その後直ぐに会議は始まり、いつものごとくお茶出しをしてほっと息をついた。
席について時計を見れば、もうとっくに二時を過ぎていた。
「今日も、ランチタイム逃した~」
ガックリとうな垂れ、空腹に泣くお腹に手を添えながら瀬戸君を恨む私だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます